産業現場を歩く医者



 “産業医”という言葉をご存知だろうか。
 もちろんこれは医者であり、れっきとした医師の国家資格を持つが、その仕事は多くの人がイメージする医師、すなわち臨床医とは大きく異なる。そう、大胆にひと言で表すと、掲題のようになるのだ。
 ここでは、産業医という医者がどのような仕事をしているのかを、具体的な現場に即して紹介する。

小規模事業場における産業保健活動の理想型

 愛知県瀬戸市山の田町155番地、河村物流サービス(株)は平成9年に設立、資本金1000万円、従業員40人(正社員23人、派遣社員17人)で構成され、同地物流センターから商品を全国各地に発送している。同社は配電盤のメーカーである河村電器産業(株)の分電盤、ボックス、ブレーカ、キュービクル、各種制御盤など、製造された商品をすべて倉庫に保管し管理された中から運送業者に出荷する一連の物流作業を行っている。
 そこで常に社員の健康に配慮する同社の代表取締役社長の長江康雄氏は、職場の安全衛生活動を積極的に推進している。
 たまたま、長江社長がこの地区で30社以上が加盟する山の田企業懇話会の会合に出席した折に、瀬戸地域産業保健センターによる“小規模事業場産業医共同選任事業”の説明があった。これはと思い、同センターコーディネーターの中尾新さんに申し込み、産業医と嘱託契約を結んだのが昨年春のこと。
 かくして産業医の共同選任に漕ぎつけ、同社に「産業現場を歩く医者」が職場訪問にやってくることになった。
 そして昨年6月、旭労災病院健康診断部・産業保健科部長の五藤雅博氏がはじめて同社の職場巡視を行った。実はこの五藤氏は、愛知産業保健推進センターの相談員でもあり、瀬戸旭医師会の産業保健担当理事でもある。 「初めて同社の職場巡視をした折、中腰での荷の運搬が多いことが気になりました。また、物流棟2階の暑さも気になりました」と五藤氏。そこで腰痛については、愛知産業保健推進センターの相談員(産業医学担当)兼瀬戸地域産業保健センター登録医の加藤晃先生による講習会を手配した。「分からないことは推進センターヘ。専門の相談員が調査・アドバイス・講習会の講師等でバックアップをしてくれますから」(五藤氏)と推進センターの有効活用を強調する。
 物流棟2階の暑さについては、早速作業環境測定を実施。「2階作業場の4地点を測定点として、時間別に室内温度と湿度を測定しました。当初の予想は、屋根の構造からくる輻射熱が原因かと思われましたが、実は風通しの悪さと多湿が原因でした」とグラフ化された測定結果を指しながら五藤氏が語ってくれた。「測定に使った通風乾湿計と黒球寒暖計は、愛知産業保健推進センターが常備している機器を拝借しました」と、ここでも推進センターを活用。この測定結果をもとに、早速作業環境改善の検討に入るという。換気や空調面の設備投資などが伴うことも予想されるが、作業能率や従業員の健康管理の面からも、積極的な取り組みを期待している。 「産業保健推進センターの存在とともに、コーディネーターの中尾さんの役割が大きかったですね。すべて段取りを整え、産業医につないでくれますから」と五藤氏が言えば、「産業保健の仕事は、一人に任せっきりでは絶対にだめです。人や組織それぞれの連携・協力があってこそ成り立つものです」と愛知産業保健推進センター副所長・津川研司氏が呼応する。
 ここに小規模事業場における産業保健活動の理想型が見てとれよう。産業医を中心に、地域のニーズを拾いきめ細かな対応を図る地域産業保健センターと、小規模事業場産業医共同選任事業の受付窓口であると同時に地域産業保健センターを支援する産業保健推進センターとが連携し、小規模事業場で働く人々の健康を守るという図式だ。さらに付け加えるならば、愛知産業保健推進センターは旭労災病院とも支援・連携関係にある。
 産業医の選任早々具体的な成果を得た事業場の側は、この過程をどのように感じているのだろうか。「五藤先生に来ていただけるという安心感があります。その折、従業員の健康相談も含め、いろいろと相談にのっていただけますから。変な言い方ですが、名前だけで何もしてくれない産業医では・・・。熱心で優秀な産業医の先生につないでいただき、その積極さに驚いています」と長江康雄社長。今後は「快適職場への運動を展開していく」と展望を語ってくれた。

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職場をよく知る先生が会社の近くにいる安心感

 富山企業団地には、薬品会社、金属・石材・ガラス加工業など、粉じんや騒音などの公害発生のおそれがある工場が約40社集まる。そのうちの1社である(株)山岸製作所を訪ね、代表取締役の山岸洋夫氏と産業医の野田隆志氏に、社員の健康に関する考えや取り組みについてお話をうかがった。
 同社は、昭和50年に同企業団地に移転。旋盤や自動切断機といった工作機械や部品を製作している。製品はオーダーメイドで、顧客からの注文により設計から製作、組み立てまでを一貫して行っている。従業員数は約40人で、平均年齢は32.3歳と若め。しかし、その実態は50代と20代がほとんどで、山岸氏はその理由を「30歳前後の人たちは、就職活動時がちょうどバブル期であったため、当社のような小さな会社には目もくれなかった」と説明してくれた。
 「うちのような技術を売っている会社は、入社10年でやっと使い物になる」(山岸氏)という同社では、社員一人ひとりの腕前が品質、ひいては会社の質に直接関係してくるため、長い目で社員の将来をも見据えた健康管理を重視しているのである。さらに山岸氏は、「最近、周囲で病気になったり亡くなる方が増えまして…。それも、生活習憤病がほとんどで、若年での健康管理の大切さを感じているところです」とも。
 同社の産業医である野田氏は、近くに野田内科医院を開業している。「小学生のころ通学していた道の途上に企業団地が建ち、この中で働いているのはどんな人たちなんだろうと気になっていた」そうだ。一方、同社から同助成事業の申請を受けた富山産業保健推進センターは、併せて産業医の紹介も依頼された。「この依頼を受け、地元の産業保健情報に強い市医師会の藤澤貞志産業保健担当理事(同センター相談員兼)に相談したところ、野田先生をご紹介いただいた」というのは、同センターの澤川岩雄副所長。同社と野田氏は、まさに出会うべくして出会ったといえよう。
 野田氏が初めて同社にあいさつに訪れた際、山岸氏は社員一人ひとりに野田氏を紹介しながら職場を一緒に回った。それが奏功し、野田氏の存在はすぐに社員に知れわたった。
 「『健康に対して不安はあるが医者に行くまでもない』という漠然とした不安は、誰しもあると思います。そういったことを、どんどん野田先生に相談することを期待しています」という山岸氏は、社員の健康について心配することが多く、「毎日、弁当にチャーハンなどの脂っこいものを持ってきている人がいたり、『運動不足だ』と言っておいて何もしない人がいる」と嘆く。そこで、「健康づくりは強制できないが、気づく場を与えてあげることはできる」と、健康診断の事後措置として野田氏に健康講話を開いてもらった。自由参加にも関わらず、そこには約3分の2の社員が出席し、皆熱心に話を聞いていったという。
 健康診断は外部の健診機関に委託し、出てきた結果に野田氏が目を通し、面談に応じる。「健診結果や職場のことをよく知っている先生が会社の近くにいるということで、わたしを含め社員全員が安心して仕事に取り組めます」と山岸氏は満足気。
 ただ、野田氏が職場での作業、または設備に対して指摘・改善した実績はまだない。あと2年の期間内に同氏がどれだけ職場を歩き、具体的なアドバイスをしていけるかが楽しみなところである。

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産業医
医師であることに加え、厚生労働省令に定められた労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する一定の要件を備えた者(労働安全衛生法第13条)。50人以上の労働者が働く事業場では、業種に関係なく産業医を選任しなければならないとされている(同法施行令第5条)。また、労働者50人未満の事業場(小規模事業場)にあっても、産業医を選任する努力義務が規定されている。
職場巡視
労働者の作業や現場を実際に見ながら、危険な作業や作楽環境を改善すべく指導をするもの。仕事を原因とする疾病の発見には、職場の環境や作業等を知ることが不可欠であるため、職場巡視は産業医の職務の大きな柱の1つとなっている。
地域産業保健センター
産業医の選任義務のない労働者数50人未満の小規模事業場に産業保健サービスを提供するため、国(都道府県労働局)と郡市区医師会の契約により、労働基準監督署の管轄区域ごと(347カ所)に設置されている。当該医師会のセンター長を中心に、登録医(産業医)や保健婦、コーディネーターらが、事業場からの相談への対応、研修やセミナ一の開催等を行っている。
小規模事業場産業医共同選任事業
労働者50人未満の小規模事業場が共同で産業医を選任する事業。その支援として助成金を支給する制度が設けられている。
都道府県産業保健推進センター
産業保健活動をより強力に支接するとの国の方針に基づき、労働者健康福祉機構が平成5年より設置を進め、運営する組織。労働者数50人以上の事業場とそこの産業医・保健婦(士)等、産業保健に関わるスタッフへの支援、地域産業保健センターへの支援を受け持つ。専門の相談員を置くとともに、関連図書・ビデオ・作業環境測定機器等を配備し、その貸し出しや、来所や電話での相談への対応、各種助成事業の受付窓口、研修やセミナーの開催などを行い、事業場における産業保健活動を支緩する。

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