職場復帰のリハビリテーション

LW3号 特集1

コラム
お陰様で「新生」のスタートラインに立ちました


新潟県の上越教育大学の丸山芳郎教授(保健体育)は、1998年11月に出張先の福岡市で車にはねられて首(第4頸椎)を脱臼骨折し、市内の病院からすぐに飯塚市にある総合せき損センターに運ばれました。
 「頸椎損傷は3か月以内に30%以上の死亡率ですが、当センターでは呼吸管理を徹底しているので1%以下の死亡率です。術後管理も注意をはらっており、じょく創、関節こう縮、起立性低血圧、尿路感染などを予防し、手術後すぐにベッドサイドでリハを開始します」と同センターの上崎院長。
 入院中に、入浴介助の搬送機や同センター医用工学部で開発したリモコンエレベーターをとりつけるなど住宅を改造し、1999年12月に退院。大学側の施設改善もおこなわれ、翌年4月に教壇に復帰しました。
 次に掲げる手紙は、丸山教授が2001年3月の定年退官にあたり、同センターに寄せられたものです。
 なお、丸山先生は2002年5月にNPO法人理事長として、障害者・高齢者自立支援事業を立ち上げるなど、ご活躍されています。


 あの忌まわしい一瞬、そして背負った障害を「人生の挫折」と悔やみ、「再起不能」と苦悶し続けた日々から2年余がたちました。あの時に失ったものはあまりにも大きく重いものでしたが、入院・退院・職場復帰までを振り返ってみると、その間に得たものの方が失ったものより豊かで大きなものになったと感じています。
 とりわけ、せき損センター入院中の日々は、「家庭・職場復帰」の具体目標に向けての激励と意欲をいただいた日々でした。皆様の医療に向けての使命感がひしひしと伝わり、多くの方々の温かい人柄に心を打たれました。
 今、定年退職の時を迎えて、新しい人生に向けて強い意欲とひそかな自信を抱いて出発線に立っています。


*本文中、リハビリテーションリハと略称します。

I 職場復帰の3つの事例

 突然の事故や病気により重度障害を負ったショックを乗り越え、生きるために立ち上がる人々。彼らのそばに立ち、手を携えて支援するリハスタッフの取組みを紹介します。

ケース1 上肢切断者の職場復帰 (中部労災病院 山中武彦作業療法士)

 若い男性が義手を使って職場復帰を果たしたケースです。会社の協力を得て、実際の作業現場を院内に設営してリハをおこない、作業専用義手を使用して原職復帰しました。

 電鉄会社に勤めるMさん(20代、男性)は、2000年6月下旬に車両整備中に高圧電流に接触し、電撃症にて入院先の病院で左上腕を切断しました。
 同年10月4日、義手の訓練のため当院に入院。すぐに、障害を免れた身体機能(残存機能)を引き出し強化するために、①筋力、関節機能などの残された能力の利用と強化訓練、②義手の操作訓練、ついで、日常の衣食住の生活動作がスムーズにできるように、③日常生活動作および関連動作訓練をおこないました。
 日常の生活動作ができるようになったころ、Mさんが原職復帰を強く訴えましたので、11月8日、主治医から、①当院は、復職にむけての援助が可能であること、②職場サイドと連携をとる用意があること、③そのためには、本人から職場責任者と連絡をとること、を伝えました。
(1)3者面談
11月13日、Mさん、職場責任者、主治医の3者面談により、原職復帰を目標にリハを進めることとなり、手順として、①産業医を交えたサポートプランの検討、②職場訪問(作業工程、職場環境の評価)、③復職をめざしたリハの実施、④試験就労、⑤原職復帰、を確認しました。
4日後、3者に産業医、産業保健師と私を加えた6名で、障害の現状説明と今後の医学的治療方針を説明して、日程を調整しました。
(2)職場訪問
12月4日、Mさんと一緒に職場を訪問して、職務内容の詳細、作業工程、職場環境などを評価し、職場生活を観察しました。
(3)職業的訓練開始
訪問翌日から、職場復帰にむけての援助を始めました。さらに、原職復帰に最も重要な職務遂行能力を高めるため、模擬的作業現場を病院内のリハ訓練室内に設定して、実際の工程を反復する訓練方法をとりました。
その過程で、①職務工程に必要な作業台や椅子などの作業環境の調整、②障害にあわせた適切な工具類の選択と改良、③新たな代替的用具(デバイス)の考案の検討を進めた結果、Mさんは速やかな工程処理が可能となり、十分に職務を遂行できるレベルに達しました。
写真2写真1(4)産業保健的評価と援助
作業能力的には復職可能なレベルでしたが、Mさんには義手の操作が原因と考えられる不適切な作業姿勢が観察されました(写真1)
そこで、産業保健分野で利用される作業姿勢評価法(OWAS法:Ovako Working posture Analyzing System)を実施したところ、作業工程で、「早期に改善すべき作業姿勢」(作業全体の18.5%)、「ただちに改善すべき作業姿勢」(作業全体の9.9%)のあることがわかりました。
対策として、職務内容に適した作業専用の義手を作成した結果、作業専用義手装着時のOWAS法では、「早期に改善すべき作業姿勢」、「ただちに改善すべき作業姿勢」の割合が、作業全体の6.6%と改善しました(写真2)
(5)職場への報告
2001年1月26日、6名による3者面談をおこない、試験就労にむけて、その実施期間、医学的管理事項の説明、本人の作業能力評価の現状報告、職場の物理的環境調整などを説明しました。
(6)職場復帰
こうして、Mさんは1月末にリハが終了し、2月1日から職場復帰して、試験就労としてデスクワークをおこない、作業専用義手の完成と職場の環境的調整をまって3月から原職に復帰して、元気に働いています。
リハ医療では、勤労者の職場復帰を支援する、つまり、職務遂行に必要な身体的能力を獲得することを中心的に援助しています。Mさんの例を通して、職場復帰後、いかにすれば、より安全性の高い安定した能力が得られるかという、産業保健的な視点をもって援助することの重要性を認識しました。


ケース2 脳出血による半身不随者の職場復帰
(九州労災病院 半田一登リハ科技師長)

 中高年者の左半身不随をリハでカバーして、配置転換により職場復帰したケースです。会社の協力を得て、健康管理に配慮した仕事により無事に定年を迎えました。
 製鉄会社の現場で働いていたSさん(50代、男性)は、1994年3月に脳出血による左半身不随になり、同年9月に職場復帰を目的に当院リハ科に転院しました。
 3か月ほどリハを受けて退院し、外来通院によるリハを続け、1995年6月には現場から事務職に配置転換して復職を果たしました。
 復職時の身体状況について、左上肢は、本人の意志によって動かすことが全くできない状態です。左下肢は、本人の意志によって何とか動かすことができましたが、歩行能力は、杖を使って10mを歩くのに37秒と、スピードが非常に遅く安定性もかけており、手すりがなくては階段昇降が不可能という状態でした。
 そこで、次のようなリハをおこないバックアップしました。
(1)片手作業のための事務機器の機能的配置
写真3  全ての事務作業を右手のみでおこなうため、机上の事務機器の配置を試行錯誤しながら決めましたが、復職して数か月もすると、より機能的になっていきました。
 片手作業には種々の小物が必要となり、文鎮や小石などを有効に活用します(写真3)
(2)左半身不随側の管理 
 マヒを起こして動かなくなると関節が硬くなってきます。特に脳血管疾患に伴うマヒはこの傾向が強く出てきます。そのため、復職後も定期的にリハをおこなう必要があります。
 Sさんには月に2回通院していただきましたが、関節が硬くなったり動きが悪くなることはありませんでした。
(3)生活習慣病への対策
 Sさんには、もともと糖尿病や高血圧の既往症がありました。復職後も、生活習慣病といわれるこれらの疾病対策は非常に大切です。
 生活習慣病の対策として運動は有効ですが、Sさんには歩行能力が低いこと、仕事が事務職であるというハンディがありました。
 そのため、Sさんの会社の産業医と相談して倉庫管理も業務のひとつに加えてもらい、少しでも身体を動かすことを目指しました。
 本人の努力もあり、退職時には復職時よりも検査結果が良好でした。
(4)腰痛対策
写真4  復職してから腰痛と背部痛が次第に強くなってきました。そこで、就労中の姿勢などを分析するために半日間、職場で観察しました。
 その結果、就労中の姿勢が著しく不良なものであることが判明しました(写真4)
 そこで、①姿勢の保ち方、②体操の仕方、③休息時間のとり方などの指導をおこなうことで、腰痛や背部痛を緩和することができました。
 復職後も継続的にバックアップをおこない、6年後の2001年に無事定年を迎えています。定年後のSさんは、絵画、映画鑑賞、温泉などと大忙しの生活を堪能されています。






ケース3 両足が麻痺した人の社会復帰 (山口労災病院 青木久美子作業療法士)

 両足麻痺以外は健康な女性が、移動手段を得て職場復帰したケースです。会社の配慮により車椅子でも仕事ができるようにバリアフリー工事もおこなわれました。
 一家の生計を支えているKさん(40代、女性)は、台風が近づいたある日、2階の雨戸を閉めようとして誤って窓から転落して、腰の骨を折ってしまいました。
 脊髄を痛めたため、両足の足首から足先までの機能を全て失い、動かせず、触っても針で刺しても何も感じない状態になりました。
 折れた骨を固定する手術がおこなわれ、術後2週間してリハが始まりました。
 完全に機能を失ったのは足首から先でしたが、下肢全体の筋力が著しく弱くなっていて、両手で手すりを持ち、手の力でやっと立てる状態からのスタートでした。
 働き手であるKさんの最終目標は職場復帰とし、当面は家庭復帰を目指しました。
 下肢の筋力強化と歩行訓練は理学療法士が、トイレや入浴などの身の回り動作の訓練は作業療法士の私が担当しました。「これからの生活がどうなるか不安でしたが、訓練をしていくうちに自信がつきました。それに、病院の皆さんが普通に接してくれてよかった」とKさん。
(1)家庭復帰にむけて  車椅子を使って誰の手も借りずに入院生活できるようになりましたが、家庭での生活となると、家の出入り、トイレやお風呂など、家の構造が問題になります。そこで、ご本人と在宅介護支援センターの方と一緒に自宅を訪問して、必要最小限の自宅改造を提案しました。
(2)職場復帰にむけて  公共の乗り物を利用することが困難な歩行障害をもつ方にとって、屋外での移動手段を確保することは、生活の範囲を拡大する重要な要素の一つです。自分で自動車を運転できれば、職場復帰の際の通勤手段として大変有効です。
 Kさんの場合、仕事は事務であり、通勤手段の確保と職場の受け入れができれば十分復帰可能でした。幸い理解ある職場で、Kさんとの話し合いで、2階にあったKさんの職場を1階に移し、公的補助制度を利用してトイレや出入り口などを改造してくれることになり、私は改造プランの助言をさせてもらいました。
写真5(3)通勤手段を確保する  作業療法として、自動車の乗り降り、車椅子を自動車の中に積み込む練習、そして自動車の運転操作の練習をおこないました。当院には、運転座席前のディスプレーにコンピューターグラフィックの画像が映り、シミュレーション走行を体験できる装置(写真5)があり、障害に応じて改造した車を想定して練習もできます。
 Kさんは、足首が全く動かず感覚もないため、手動操作による運転が安全と考えました。手動操作では、左手でアクセル・ブレーキのレバーを、右手でハンドルを操作します。この手動操作によるシミュレーション走行練習をご本人の自信がつくまで続けました。
 ところが、退院が近くなり自動車運転試験場に適性検査を受けにいったKさんは、試験場の職員に「それだけ足が動けば、足を使った運転がきるでしょう」と言われ、実車コースで足ペダルでの運転をおこない、みごと合格しました。何年間も体で覚えた感覚とはすごいもので、足首を装具で固定したまま、足の裏には感覚がなくても、膝のコントロールと膝を介しての感覚で運転できたのです。
 安全性からは心配がありましたが、Kさんの希望にしたがって足操作でのシミュレーション走行練習をおこないました。退院後、すぐに自動車の運転を始めて、約1か月半後に職場復帰を果たしました。Kさんは「運転シミュレーションは実際的でよかったですよ」と笑顔で話してくれました。
 Kさんの例から、いろいろな可能性を試す意味でも、リハのできるだけ早い時期から、改造の検討を含めた自動車運転のシミュレーション走行練習を実施することは、早期の職場復帰の一助になるのではないかと考えています。

II チーム医療によるリハビリテーション
 事故や病気による障害を最小限にとどめ早期の機能回復を図るため、労災病院グループでは、医師、看護師、リハスタッフなどで構成される医療チームがリハを担当します。

ケース4 急性期リハに取り組む医師のチーム
(中国労災病院 豊田章宏リハ科部長)

 リハ医療は回復期や維持期からおこなわれるイメージがありますが、労災病院では超早期といわれる急性期からのリハ医療に取り組んで実績をあげています。
表1stroke unitの効果  当院では、1996年に院内にある勤労者リハセンターと勤労者脳循環センターとが共同して、脳卒中専門治療チーム(Stroke unit)を結成し、脳卒中後の超早期からのリハ治療を含めた包括的治療をおこなっています。
 表1の急性期死亡率をご覧いただくと、チーム医療導入前3年間が8.8%に対して導入後は6.0%、さらに最近では3.1%にまで大きく低下しています。わが国全体の脳卒中の急性期死亡率が9%ですので、いかに大きな効果を挙げてきたかがおわかりになると思います。
 死亡率低下の理由の1つが、肺炎合併率の低下です。過去8年間の推移では、患者様の平均年齢が年々増加しているにも関わらず、リハが開始されるまでの期間が短くなるほど肺炎合併率は低下しており、急性期リハの効果が死亡率を下げたものと考えられます。
図1急性期リハと予後  図1は急性期リハの効果を回復曲線として描いたものです。残存機能を十分に引き出し、目標に早く達することで、何より体力の消耗の激しい急性期における合併症、たとえば、致命症となりうる肺塞栓や肺炎などを減らすことができます。外来治療で対応できる簡単な骨折などでは明確な差が見えてきませんが、脳卒中や脊髄損傷などの重症例では、このような合併症予防の効果による予後の差は著明です。
 "急性期リハ"は世界的にも新しい取組みであり、脳卒中専門治療チームを例に挙げると、本家のデンマークでさえ、この効果がきちんと報告されたのは1993年のことです。
 また、1995年スウェーデンでの脳卒中マネージメントの改善に関する国際会議では、2005年までの到達目標として、「脳卒中のリハは、脳卒中専門の医療チームで提供されるべきである」と提言されるなど、世界的にもこれからです。
 厚生労働省では、2000年から循環器病研究として本格的な「急性期リハの実態、適応および評価に関する研究」を立ち上げ、われわれも研究班員として協力しています。この研究に関連した全国の脳卒中治療をおこなう主要425施設のアンケート調査では、全体の約40%の病院は急性期のみの治療をおこなっており、リハのスタッフ数が少ないという結果でした。
 急性期リハの最大の目的は、急性期における安静によって生じる廃用(機能低下)を最小限に食い止め、残存している能力を最大限に引き出すことです。
 さらに急性期からリハ的な評価をおこなうことは、適切な予後の設定にも役立ちます。そして回復期には、より効率的で実践的な内容のリハがおこなえることとなり、その結果、目標とするゴール(退院時の機能状態)により早くたどり着くことが可能となります。
 もう1つの大きな効果は、実は在院日数の短縮にあります。リハ開始を早めることで、在院日数が約半分にまで短縮したことが表1からおわかりになると思います。ただ、リハは、回復期、維持期と継続しておこなうことが重要であり、到達すべきゴールに至るまでには、その重症度に応じたリハ治療所要日数があるのも事実です。
 脳出血のケースでは、手術2日目に集中治療室ですでにリハが始まっています。
 また、不整脈をお持ちの患者様では、心電図をモニターしながら歩行獲得のための訓練をおこなっています。確かに急性期には危険もありますが、こうしてモニターを駆使してより安全なリハを心掛けています。
 脳幹部という脳の一番深い部分の脳梗塞で、四肢麻痺となった患者様の場合は、発症からまだ4ヶ月の段階ですが、電動車椅子やパソコンを駆使して、インターネットを用いた復職をにらんでのリハ訓練中です。
 少子高齢化がどんどん進み、わが国を支える労働人口構成も様変わりしています。人びとの働ける歓びを大切にし、病気や障害をかかえながらも社会に貢献できることを実現する医療体制の充実が、今後ますます重要となってきます。

ケース5 リハ医療への看護師のアプローチ
(山口労災病院整形外科病棟 松井志保看護師)

 職場復帰を目指すリハ医療での看護職の役割は、精神的苦痛をほぐし、快適に生活できるように援助することで、前向きな意欲を引き出すことが中心となります。
 木材製品組立て中に、右手をベルトコンベアに巻きこまれたTさん(30代、男性)は、右手の骨折と神経の損傷また皮膚の一部が欠損した状態で来院され、すぐに骨接合と神経の修復をする緊急手術をおこない、手術後1週間はベッド上での安静となりました。
 私たち看護師は手術をした右手の異常をすばやく発見するため、右手の動き、しびれ、爪の色、痛みなど細かく観察していきます。
 もちろん、患者様の洗面・歯みがき・排泄など日常生活に関するすべてのお世話もします。Tさんの場合、食事を左手でできるように管理栄養士に相談しました。一口サイズに刻まれたおかずを専用のスプーンを使って食べることで、満足感を得られたようでした。
 事故によるTさんの精神的ダメージは強くて、「夜になると事故を思い出して怖くて眠れない」と訴えたり、日中も不安な様子でした。
 そこで、看護師間でカンファレンスし、現実を受容できるように心療内科のカウンセリグの受診をすすめ、私たちも患者様の訴えに共感するように努めました。
 さらに、同じように事故に遭われた人と同じ部屋に移っていただき、その人が元気にリハをしている姿に接するように配慮しました。
 すると、しだいにTさんの表情も明るくなり、夜もよく眠れ、事故について冷静に話ができるようになりました。受傷して1か月が経ち、再び植皮術を受けて傷の回復も順調でした。
 少しずつ患者様のできること(残存機能)を拡大するために、理学療法士や作業療法士による運動療法が始まるころになると、Tさんは右手の痛みや運動障害に対するジレンマを感じ始め、「こんなはずはない」「こんなに動かないし、痛いのだから右手は動かせない」と訴え、右手をできるだけ使わないようにかばっていました。
 そこで止まっては回復できませんので、医療チームでカンファレンスをおこない、少しずつ日常生活の中で右手を使って運動能力を高めながら、できない部分を自助具や左手で補えるように援助・指導しました。また、動かすと痛みを感じるので、運動療法をする前に鎮痛剤を使用し、機能回復訓練を積極的に進められるようにしました。
 初めは洗面でさえ右手を使いたがらないので、「普段の生活で少しずつ使っていくことが一番のリハになりますよ」と励まして、看護師が傍について、あえて右手で洗顔や歯みがきをしてもらい、手が動く喜びを分かち合いました。
 少しずつ日常生活の動作が自分でできるようになると、表情も活気を帯びてきました。
 院内のリハ用自動車で運転を練習(ケース3参照)し、また、一時的に自宅に帰って家庭生活に不安がないことを確かめて退院となりました。
 Tさんは「まだ思うように右手は動かないし痛いけど、体を慣らして職場復帰するよ」と笑顔で話してくれました。
 退院3か月後、Tさんがもとの職場に原職復帰したことを報告に来られた時は、本当に嬉しく思いました。

ケース6 心の病気をもった人の社会復帰を目指して
(関東労災病院勤労者メンタルへルスセンター 崔震圭センター長)

 メンタルへルス(心の健康)の向上には、予防・治療・社会復帰と3つのアプローチが必要です。当センターは、精神科デイケアを軸に、メンタルリハに力を入れています。
 精神科デイケアとは、心の病気を持った人に対する社会復帰援助活動の1つです。スムーズに社会復帰や社会参加ができず、また地域生活に戻るのが難しい心の病を持った人に対して、外来でおこなわれる治療的集団活動の場です。
 その目標は、①再発・再入院の防止、②日常生活の行動能力および対人関係能力を向上させ社会参加を促進、③職業生活の行動能力の向上、により就労を促すことにあります。
 1960年代に主に欧米の精神医療が、入院中心の閉鎖型治療から地域生活中心の開放型治療へと大きく転換し、日本でも1980年代にデイケア治療が保険医療として認められ、90年代以降は大きなトレンドの一つになっています。
 スタッフとして、精神科小規模デイケアという保険診療の基準により、専任看護師1名と精神科ソーシャルワーカー(PSW)1名を軸に、精神科医と心理カウンセラーなどがチームを組んで、当院の神経科受診中の患者さんを対象に、原則的に家族の協力が得られることを条件にメンバー登録をおこなっています。
表2デイケア1週間プログラム例  表2の中のプログラムは、共同創作、リラクセーション、映画・音楽鑑賞、書道、陶芸、カラオケetcを、登録メンバーとスタッフとのミーティングの中で決めていきます。もちろん、各種プログラムは目的ではなく、回復援助のための道具です。
 精神医療では、「人間の発達には、はじめに遊びがあり、その延長線上に働ける能力が生まれてくる。その逆ではない。精神障害者のリハでも、働けるためには遊ぶことができるようにならなければならない」といわれています。
 心を病む人の多くは、柔軟性を欠き、自由闊達に振舞うことができず、心の余裕がなくなり、いわゆる「遊ぶ」ことができなくなります。
 したがって、プログラム全体に「遊び」の要素を重視し、デイケア内の「遊び」から社会での「遊び」へと進み、生活空間を徐々に広げながら、最終的には働く能力の回復・社会復帰を促すことになります。
 デイケアでの個々の治療計画に基づいた個別ケアに加えて、家族療法や職場調整などを適宜組み合わせるなど、多方面からアプローチすることによって、メンバーは自己管理能力や対人関係能力を高め、ストレス対処技能を修得し、先に挙げた目標の達成を目指します。
 仲間づくりを通じて、社会的・心理的孤立から脱するというグループの力を感じる一方で、個人療法では難しかった社会生活技能や対人関係能力を直接的に評価することができるようになり、個々のメンバーのレベルに合わせたアドバイスをきめ細かく具体的にできるようになっています。
 心の病気になった勤労者のレベルや必要性に応じて、職業訓練のできるところや産業医や産業看護師などとのネットワークを作っていくことがメンタルリハそのものと確信しています。

III 職場復帰をさらに進めるために
  勤労者医療の一環である"職場復帰のリハ"は、もてる資源や外部資源を最大限に活用し、職業技能を身につける職業リハや職場の産業医等との緊密な連携を図っています。

ケース7 職業リハとの連携による職業復帰
(吉備高原医療リハビリテーションセンター 武智秀夫院長)

 障害に適した生活の場へ復帰できるように指導する医療リハの専門センターである当センターは、隣接する職業リハセンターと連携して職業復帰を目指しています。
(1)職場復帰のいろいろな過程  入院時に、身体的能力のほかに社会的状況を加味して、次の5つの生活ゴールを設定します(図2)。①社会的自立(介助不要)、②家庭内自立(家庭生活は自立)、③家庭内介助(家族の介助が必要)、④施設内自立(生活の場が施設)、⑤施設内介助(家庭の介護が困難)。
 職場復帰には、①雇用が継続している場合と、②失業している場合とで相違があります。①には、原職復帰(今までの仕事をそのまま続ける)と、原職復帰・配置転換(同じ職場で仕事が変わる)があり、②は職業技術を訓練する職業リハをうけて新たに就職し、職場復帰します。
(2)医療リハと職業リハの連携  当センターは、隣接している国立吉備高原職業リハビリテーションセンター(職業リハセンター)と連携して、リハ医療から職業リハまで一貫しておこなうことを目的に設立されました。
 当センターでは、要件が整えば入院中から職業リハが受けられるように、医療ソーシャルワーカー(MSW)が、雇用主、職業リハセンターと連絡・調整をおこないます。これは、雇用が継続している人が対象で、短期課程といわれており、職業リハセンターでおおむね3~6か月の職業訓練を受けます(図3)
 また、OA講習(コンピュータの基礎訓練)を、職場復帰の動機づけや職業リハセンターへの一般入所の予備評価(入所試験のようなもの)として、入院中の患者さんを対象に職業リハセンターでおこなっています。
(3)医療リハセンターの各種取り組み  平成10年から毎年、全国のリハ医療のスタッフを対象に、勤労年齢で障害者になった人たちの職場復帰の研修会をおこなっています。講義終了後に、吉備高原にある職業リハセンターや、身体障害者多数雇用事業所、障害者能力開発センター、重度身体障害者授産場などを見学しています。
 さらに、労災病院から要望があれば、当センターの医師、MSWのチームが出かけていって、障害者の職場復帰の可能性を評価する出張クリニックも実施しています。
(4)SOHOの研究・開発  当センターの研究情報部は、リハスタッフの一員として車椅子の座圧測定やコンピュータ・シミュレーションによる住宅改造などで在宅復帰を支援するほか、最近の研究課題として、障害者がコンピュータを用いて自宅で就労をするSOHO(small office home office)を支援するシステムの研究・開発をおこなっています。
 障害者がコンピュータを操作できれば、インターネットにより社会と直接つながります。そうなれば、SOHOで自立することもできますし、職業訓練さえも自宅でうけられる可能性があります(図4)。また、インターネットを通じて、労災病院などに入院中の患者の評価、訓練を居ながらにしてできる可能性もあります。
 現在は、頸髄損傷などで両手両足に麻痺がある重度の障害者でも操作できるようなキーボードやマウスの開発・試作、操作能力の評価・訓練の研究に力を入れています。
 特に、マウス操作の評価システムは、同じ労働者健康福祉機構の労災リハビリテーション工学センター(名古屋市)、岡山大学と3者共同して研究・開発しています。このテーマは職業リハセンターも研究しており、早い時期に連携できると思います。
図2リハの流れ図3職業復帰に向けたリハ医療の取り組み図4在宅就労(SOHO)支援プログラム


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ケース8 医療機関と産業医等の連携による職場復帰
(関西労災病院 住田幹男リハ科部長)

 障害をもつ方の職場復帰は、受入側の配慮が不可欠であり、雇用継続の可否判定に関与する産業医の職場巡視は、障害の様々な状況の理解に必要です。
 障害をもった勤労者の職場復帰は、①勤労者本人の強い意志、②医療リハにおける医学的障害情報と職業リハにおける就労能力判定との両者の効率の良い連携、それに、③事業主側の配慮が噛み合って初めて実現します。
 障害の発生早期から、医療機関側から産業医等に働きかけて、①予測される障害に対する作業環境の設定、②職業リハの条件整備、③事業所の障害者雇用の啓発、④併存疾患のリスク管理などの産業医への伝達・連携が重要です。
 また、通院リハの段階では、①障害者職業センターやハローワークの活用、②職場を活用したリハ勤務の実施、③職場巡視による産業医サイドの作業環境評価を促すことが重要です。
 最後に、就労後の職場適応や職場定着へ向けたハローワークによる啓発指導とともに、産業医による健康管理が中心になるでしょう。
 具体的な産業医の活動としては、障害をもつ勤労者が復職するときに、①職場転換等の指導や②就労時間などの就労条件の指導をすることがもっとも多いようです。ついで、③職場環境の整備の指導、④就労状況を観察しての評価指導、⑤特別な健康管理をおこなう、ことが産業医のアンケート調査で示されています。
 また、そのアンケート調査によると、産業医は医療機関との連携を望んでいますが、一般的には、医療機関からの職場訪問などはほとんど実施されていないのが現実です。その点で、労災病院のリハ医療チームによる積極的な職場訪問などの活動の積み重ねが期待されています。


 人生の中途で障害をもった人々が、その適性と能力に応じた職業に就き、充実した生活を送れるようにすることは、労災病院の大きな使命の1つです。
 労災病院グループは、1999年に『職場復帰のためのリハビリテーションマニュアル』を上梓し、引き続き、障害の重症度に応じたリハ実施の標準化づくりを目指しています。


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独立行政法人 労働者健康福祉機構

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