2002年 第6号

日本職業・災害医学会会誌  第50巻 第6号

Japanese Journal of Occupational Medicine and Traumatology
Vol.50 No.6 November 2002



巻頭言

勤労者医療の変貌と我々の対応

原  著

長期学校給食従事者の健診―頸椎・腰椎のX線変化について―
在宅介護者の腰痛調査
持ち上げ動作における重量物の大きさと脊柱起立筋に関する筋電学的研究
急性心筋梗塞・回復期リハビリテーション患者に対する心理的アプローチ
道路上へのイソシアネート化合物を含む産業廃棄物流出事故と道路補修作業者への化学的眼外傷事例の検討
寒冷環境下労働が循環・神経機能に及ぼす影響に関する臨床的研究
外傷性脊髄損傷患者における自律神経機能定量化の試み
―心拍変動パワースペクトル解析を用いて―
インド在留邦人の大気汚染に伴う呼吸器症状の現況
―インド巡回健康相談アンケート調査の結果と考察―
パーキンソン病におけるセットメンテナンス機能とP300
スポーツ中に生じた尺側手根伸筋腱脱臼の1例
腓骨筋腱脱臼を合併した踵骨骨折の3例
縦隔気管孔造設術2例の検討
橈骨神経本幹及び後骨間神経の断裂を合併した上肢多発骨折の1例


巻頭言
勤労者医療の変貌と我々の対応

戸川  清
秋田労災病院長

 学問,研究の進歩発展の結果,多くの分野で技術革新が進み,遅れ馳せながら職場環境が改善され,産業保健業務の内容もその質,量共に整備されたが,この現象は必ずしも単純に喜べない.職場システム改革,合理化のもたらす時間的,技術的など様々な有形,無形の変化は勤労者の肉体,精神両面にこれ迄認識されなかった新たな危害を醸出している.即ち,制度上は勤労者の健康が考慮されるようになり,定期的な健診,特殊健診が義務づけられているが,個人の就業の実態は,企業間の熾烈な競事に勝つべく,精度向上に緻密作業が,作業工程短縮に就業時間シフト制などが求められ,かつ設置された厳しい目標達成への絶えざる努力要求のため,残業増加(サービスを含む),精神緊張持続,体調不良のまま就労を続けるなど厳しい現実である.これらの諸因子が単独で又は複合して,勤労者の心身両面に強いストレスを及ぼす.例えば,残業継続シフト制勤務は睡眠障害になり易く,就業中傾眠,注意散漫により業務能率低下を来たす.食生活の不規則,不健全さ(食事時刻,摂食時間,食物量・質などの不均衡)はいわゆる生活習慣病(肥満・高脂血症,糖尿病,高血圧症等々)の発症,進行に密接に関与する.
 勤労者医療を預かる私共は勤労者がその職務を全うする上の根本である健全な精神・身体状態を回復・維持するために,今後より深く関わらなければならない.換言すれば,高度専門医療の遂行,進歩は勿論であるが,専門領域の枠を超えて,勤労者の健康保持・増進を妨げる諸原因の解明と,それらの除去,解消へ向けて積極的に取組まなければならない.折しも医学界は大変革期を迎え,医学部の教育内容の再編と実習強化,患者を主役とする問診,診療主体の教育が行われつつある.卒後研修も義務化と共に内容も全人的視点でのアプローチが要求される.新しい時代にふさわしい医師が育つのも近い将来である.
 然し,現時点で私共が患者の要望に応えているかと問われると,不充分と云わざるを得ない.個々の疾患や問題に対する関心度は高いものの,医師個人の立場(専門領域,勤務施設など)によって個人差が大である.例えば私自身(耳鼻咽喉科・頭頚科医)の反省として,発現症候の原因は詳しい問診(個人,家庭,職場)と診察・検査で解明され得るが,関心度は器質的異常の対処に片寄り勝ちだし,他科領域の異常が疑われると,当該科に転診して済ませると云う消極的対応を取っていた.私の経験では順調に問題解決しない例は,心的要素や社会的要素が複雑に関わっていたり,複数診療科にまたがる学際的問題を有することが少なくない.その解決には,関係する科の全医師は勿論,他の医療職関係者が共通理解のもとに,協力して対処する必要がある.私共は学際的問題を院内研修会等で何度か採り上げている.会員諸氏は御自分の施設ですでに共同診療の実を挙げておられ,言及する迄もないとお叱りを受けるならば,誠に素晴らしく,有難いことである.
 一例として,従来は医師自身も本人・家族も関心が薄く,勤労者医療との関連が見過ごされて来たが,最近のマスコミ報道でその影響が懸念されるようになった「肥満といびき」を考えてみると,本症は本質的には代謝(摂取と消費)のアンバランスにあるが,その原因は多様で,遺伝的素因,ホルモン・代謝異常疾患群もあるが,多くは食習慣,不規則就業状況,精神ストレス(心因性過食)などによる.特に日常生活習慣に属する後三者への対応が複雑かつ困難である.対応の実際は,詳細な問診に始まり,顔面・上気道局所検査,全身検査,呼吸・循環機能検査,睡眠ポリグラフ,内視鏡検査,動的MRIなど,システム化された診察が行われ,それらの所見,成績をもとに患者や家族に本症の因果説明とそれが及ぼす悪影響を呈示して,本人に自分の実態と生命への危険性を充分納得して貰う.説得の例として,貴方は常時10kg以上の荷物(体脂肪)を負って日常活動を繰返すから,たとえ今は何ともなくても足腰の過負担から腰・膝痛を生じるし,重い身体を動かすための呼吸・循環器系への過負担は高脂血症と相まって高血圧症,心疾患,末梢動脈閉塞を惹起すこと,眠ると(特に仰向きでは重力の影響が加わって)咽頭の緊張が弛み,空気の通路が狭まっていびきや換気停止が起り,体内酸素不足になること,その為に眠りの中断と酸素補給のための呼吸努力が強まり,休息するべき時に運動・循環器系負担が加重されるし,睡眠不足は日中傾眠,注意散漫をおこし,勤務能率,特に精密作業能が低下する.これは生産性低下のみならず,事故発生増加で人的,物的損失増大となるなど,肥満の影響が本人の身体,精神両面の健康,家族生活に影響を及ぼすのみならず,社会活動にも悪影響があることをVTR,検査結果で示している.患者が発症機序と上気道狭窄の影響などの理解が得られると,治療に精を出して貰える.
 治療は食事療法(低カロリー食)と運動の励行が簡単かつ有効な手段であるが,成否の鍵はいかに長く続けられるかにある.睡眠中無呼吸が頻発する例にはnasal CPAP療法を先行する.鼻腔・咽頭狭窄が強い場合は耳鼻咽喉科処置・手術が必要である.個々の例に適合した治療が大切で,相談役(看護師など)の存在は有用で,経過中の患者への応援,助言が有効である.
 この様に一人の病態解明に複数の診療科医が関わる他に,co-medicalsの積極的な協力によって所期の治療効果が得られるケースが多くなる.今日,本症に限らず来院する相当数の例は病態が複雑で,複数科にまたがり,共同・協力診療体制が必要であるし,その様式が常態になるであろう.
 特に勤労者医療,高度専門医療に積極的に関わる労災病院は,互いに経験を交換しつつ,先頭に立って適切な対応をしなければならない.
UP

原  著
長期学校給食従事者の健診―頸椎・腰椎のX線変化について―

豊永 敏宏1),梁井 俊郎2),竹下 司恭2)
1)九州労災病院勤労者リハビリテーションセンター,2)同 健康診断センター(現 予防医療センター)

(平成14年3月10日受付)

目的:長期学校給食作業者の頸肩腕障害の健康診断(以下健診)を行い,頸部や腰部の症状と頸椎・腰椎X線変化との関連性や,給食作業と骨関節変化の悪化因子について検討した.これにより給食作業がどのように脊椎へ影響するかにつき考察したので報告する.
対象と方法:平成12年度,当健康診断センターを受診した,169名の学校給食従事者で,年齢は26歳から59歳まで平均48.8歳±5.6歳であった.全員女性であり,平均勤続年数は21.9±6.2年であった.これらの被健診者に対し,頸肩腕の痛みや凝り,腰痛などの問診とともに,頸椎及び腰椎X線を撮影した.X線は頸・腰椎椎間の狭小化(変性)や骨棘形成を検討した.これらの検査と各症状や脈波高など各パラメーター間の相関関係などを比較検討した.
結果:有訴率は肩凝り93.5%であり,腰痛は83.4%であった.一方X線において変化がみられたのは頸椎と腰椎の椎間板変化は39.6%,頸椎骨棘は20.7%にみられた.そして,頸椎の変化は加齢や就業因子が強い関連性があり,一方,腰椎はそれらの因子との関連性がなかったことから,給食作業は頸椎への影響が大きいことが明らかとなった.しかし脊椎の変化は頸椎と腰椎との関連性が強く,個体因子の影響も考えられた.また各種諸症状はX線変化との関連性がなく,症状が危険因子の指標とならない結果となった.
 以上より,今後はコントロールスタディーによりそれらをより明らかにする必要がある.そして給食作業の作業管理は,集団的管理とともに個別的管理として,個体因子におけるX線の経時的検討や,他の項目(身長差や姿勢など)あるいは社会心理的因子まで拡げ,総合的対策が必要であろう.
(日職災医誌,50:403―408,2002)
─キーワード─
健康診断,学校給食従事者,頸椎・腰椎変化
UP

在宅介護者の腰痛調査

時岡 孝光,高田 敏也
香川労災病院 リハビリテーション科

(平成14年3月29日受付)

障害者を自宅で介護している家族の腰痛を調査した.当院リハ科および訪問診療室で診察している障害者の家族で,在宅介護を1年以上行った介護者を直接検診した.対象は44例で障害者との関係は配偶者が37例,親が3例,子供が4例で,調査時年齢は43~87歳(平均65.8歳)であった.障害者の原疾患は脳血管障害が26例,脊髄損傷9例,パーキンソン病2例,RAなど骨関節疾患3例などで,日常生活自立度(寝たきり度)はAが15例,B14例,C15例,介護期間は1~20年(平均6.1年)であった.日整会腰痛疾患判定基準の腰痛項目で判定すると,腰痛なし(3点)が5例,時に痛い(2点)が22例,常に痛い(1点)が14例,常に激しく痛い(0点)が3例で,88.6%で腰痛を訴えていた.自立度別の腰痛点数は,Aが1.9点,B1.2点,C1.7点で, Bが有意に低かった(p=0.018).介護期間が5年以下の23例では腰痛点数は1.7点,6年以上の21例では1.5点であり,介護期間での相関はなかった.
(日職災医誌,50:409―412,2002)
─キーワード─
腰痛,介護者,介護負担感
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持ち上げ動作における重量物の大きさと脊柱起立筋に関する筋電学的研究

藤村 昌彦,奈良  勲
広島大学医学部運動・代謝障害理学療法学講座

(平成14年4月15日受付)

 重量物に関する基礎研究として,持ち上げ動作における重量物の離床から着床までを5つの時期(Zone 1~Zone 5)に分けて脊柱起立筋の働く様子を分析した.
 対象は,筋骨格系障害の既往がない健常男子大学生11名(平均年齢22.8±2.4歳,平均身長170.3±4.8cm,平均体重62.2±6.7kg)とした.被験筋を脊柱起立筋として重量物持ち上げ時の脊柱起立筋の活動を筋電計で測定した.電極導出部は,L5棘突起の40mm上部,30mm外側として双極誘導にて導出した.各作業の%MVCを求めるために,随意最大筋収縮時の筋電値を測定した.測定は,腰背部筋の評価として用いられるSorensen法に準じた.測定は各筋5回ずつ実施し,その中で最大となる1秒間あたりの平均振幅値を100%MVCとして用いた.荷台の高さは各被験者の身長の1/2とし重量物(体重の10%,20%,30%,40%)を床面から荷台へ5回荷揚げさせた.表面筋電図の分析は,重量物の離着床を1動作として時間の正規化をおこなった.5動作周期を全波整流,移動平均による平滑化及び加算平均し1動作あたりの%MVCを算出した.%MVCは各筋の1秒間当たりの随意最大筋収縮の筋活動により正規化した.分析については,持ち上げ動作について重量物の離床から着床までを5等分してZone 1~Zone 5に分けた.
 重量物の離床から着床までを5つの時期に分けて%MVCを調べた結果,持ち上げ開始時において高値を示し,その後時間の経過とともに%MVCは減少し,持ち上げ動作の中間付近で下げ幅は小さくなり傾斜の緩やかなカーブとなった.
 これらのことから,作業開始時において重量物持ち上げに関する傷害発生の可能性が高いことが示唆された.受傷予防として重量物取扱者への教育とSquat Lifting法に関する指導が必要と考えられる.
(日職災医誌,50:413―418,2002)
─キーワード─
重量物取り扱い,脊柱起立筋,筋電図
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急性心筋梗塞・回復期リハビリテーション患者に対する心理的アプローチ

金沢 郁夫1),豊田 章宏1),平松和嗣久1)
榎野  新2),林  載鳳3),中川 一廣4)
1)中国労災病院勤労者リハビリテーションセンター,2)同 脳・循環器センター循環器科,3)同 脳・循環器センター心臓血管外科,4)同 精神神経科

(平成14年4月15日受付)

 近年,我が国でも急性心筋梗塞症患者の回復期に対する運動療法が普及してきた.当院では,1998年4月より厚生省の許可を得て自動車エルゴメータを用いた心臓リハビリテーション(以下心リハ)を開始した.
 今回,心リハに対する心理的な影響について,回復期の急性心筋梗塞症患者18例(平均63±8歳)を対象に以下の検討を行った.すなわち,冠危険因子のひとつとされる「タイプA行動パターン」をはじめ「性格」,「うつ」および「不安」に関する既成のテストを施行した.さらに当院で独自のアンケートを作成し,退院後の生活一般について,ならびに心リハへの不安感,満足度などの心理的効果について検討を加えた.
 A型傾向は17%と低率で,対照群と比べても差はなかった.性格テストでは「世話やきタイプ」と「おふくろさんタイプ」が比較的多く,イエスマンで我慢強い,ストレスが貯まりやすい傾向を認めた.「うつ」は心リハ前後で有意に低下したが,「不安」は改善しなかった.
 アンケート調査では,運動療法による精神的な回復感および心リハ自体に対する不安感はいずれも運動療法後に改善した.これらの改善には,運動による身体的な自信,心リハ中の患者相互の連帯感などが寄与していると思われた.しかしながら,疾病に対する不安は残り,疾病への知識・説明の不足が原因のひとつであると推測した.
 以上の検討から,心リハにより身体的な不安はかなり軽減されるが,疾病自体に対する不安は残ることが明らかとなった.このため,疑問や不安を表出しやすい環境づくりとともに,将来的には,患者教育や家族を含めたカウンセリングや生活指導が行える体制づくりが必要と考える.
(日職災医誌,50:419―423,2002)
─キーワード─
心臓リハビリテーション,急性心筋梗塞症,心理的効果
UP

道路上へのイソシアネート化合物を含む産業廃棄物流出事故と道路補修作業者への化学的眼外傷事例の検討

山本 秀樹1),吉良 尚平1),中田 敬司2)
1)岡山大学大学院・医歯学総合研究科・国際環境科学講座(公衆衛生学分野),2)岡山大学・医学部・保健学科

(平成14年5月13日受付)

緒言:某県でおこった産業廃棄物であるイソシアネート化合物を含む廃液が運搬物車両から落下して生じた流出事故とそれに伴って生じた道路補修作業者の公務災害(労働災害)を通じて,廃棄物処理,特に道路上で生じた事故の処理とその安全管理について検討する.
事例:1999年8月某県のトンネル付近で,産業廃棄物を輸送中の車両から廃液タンクが落下して輸送中の廃液が路上に流出して,スリップ事故が生じた.事故後,某県建設部の作業員が路上にて吸着剤の散布や化学物質の清掃に約6時間従事した.作業後,眼の痛みや喉の違和感の症状が生じ作業員5名が表層性角膜炎と診断され治療を受けた.被災した作業員は公務災害と認定された.角膜炎の原因となった廃液中の物質はイソシアネート化合物であることが判明した.
考察:公道上における危険物・化学物質流出事故の事例は,消防,警察,道路管理者(国・地方自治体)が関係する.本件の場合,道路の管理責任者の建設部職員が流出物の処理を行うこととなった.処理時に流出物の有害性に関する情報が得られず,保護眼鏡の着用は行われなかった.道路補修作業において化学物質・危険物の流出事故時の作業標準を作成することも必要である.
結論:産業廃棄物の排出者,処理業者は産業廃棄物の安全性への配慮が必要である.産業廃棄物を含む危険物の輸送とその流出事故処理について消防・警察・道路管理者が協力して検討をする必要がある.また,産業廃棄物の処理・運搬の安全性について再検討する必要がある.
(日職災医誌,50:424―427,2002)
─キーワード─
産業廃棄物,道路補修作業,イソシアネート化合物
UP

寒冷環境下労働が循環・神経機能に及ぼす影響に関する臨床的研究

小笠原和宏,小川 秀彰,井本 秀幸,高橋  学
釧路労災病院外科

(平成14年3月18日受付)

【目的】寒冷暴露下での作業が労働者に及ぼす慢性的影響は必ずしも明らかでなく,作業環境管理上その影響を客観的に評価することが必要である.屋内・屋外で作業する労働者間の比較において,末梢循環・神経機能を評価し,寒冷環境下労働の影響を明らかにすることを目的とした.
【対象・方法】1999年から2000年までに,釧路労災病院増改築工事に従事した健常労働者のうち,主として屋外作業に従事する者(屋外群)12名,屋内作業に従事する者(屋内群)10名を対象として,冬季・夏季の2回,特殊健診を実施した.健診実施項目は(1)背景因子:喫煙習慣,飲酒習慣.(2)自覚症状:手指のレイノー現象・感覚鈍麻・しびれ・痛み・こわばり・冷感.(3)一般検査:血球数,肝機能,腎機能,脂質,尿糖・尿蛋白(定性).(4)循環機能検査:心電図,血圧,皮膚温,爪圧迫検査.(5)末梢神経機能検査:痛覚・振動覚検査.
【結果】屋外群で自覚症状の訴えが多く,冬季に訴えの比率が増加する傾向があった.冬季では負荷後10分の皮膚温で,屋外群の方が有意に悪い成績を示した.両群ともに,常温下ならびに負荷後10分の皮膚温において,冬季の方が低い値を示した.冬季検診での末梢循環機能総合評価は,屋外群が屋内群に比べて悪い傾向がみられ,季節間では屋外群のみで冬季の方が悪い傾向がみられた.冬季・夏季ともに,振動覚検査で屋外群の方が有意に悪い成績を示した.季節間では,痛覚・振動覚ともに有意の変動を認めなかった.末梢神経機能総合評価では,両群間,季節間で有意差を認めなかった.
【結論】健常労働者でも,冷水負荷後皮膚温や振動覚検査などで異常所見を示すことが確認された.その程度は屋外群の方が顕著であり,長期にわたる寒冷暴露により末梢循環・神経機能が慢性的に障害されることが推測された.冬季には障害が悪化すると考えられ,作業環境管理上の保護対策が必要であると考えられた.
(日職災医誌,50:428―433,2002)
─キーワード─
寒冷環境下労働,末梢循環障害,末梢神経障害
UP

外傷性脊髄損傷患者における自律神経機能定量化の試み
―心拍変動パワースペクトル解析を用いて―


藤原  豊1),金田 清志2)
1)美唄労災病院内科,2)腰痛脊損センター

 外傷性脊髄損症患者(以下TSI群,n=40)を対象として,心電図R-R間隔を高速フーリエ変換を用いてパワースペクトル解析して,age-matchした健常群(以下NC群,n=18)と比較し,外傷性脊髄損傷の自律神経障害の定量化を試みた.周波数0.01~0.1Hzの低周波成分のパワー(LF)と周波数0.2~0.35Hzの高周波成分のパワー(HF)を各々交感神経,副交感神経活動とした.LF/HFは自律神経機能のバランスを表す指標とした.
 LF(msec2)はNC群5.90±0.13,TSI群4.88±0.23で,TSI群はNC群に比しp<0.0001で有意に低下していた.HF(msec2)はNC群4.97±0.19,TSI群4.97±0.19で,TSI群はNC群に比しp<0.005で有意に低下していた.LH/HFは両群で有意差はみられなかった.
 加齢との関連でみるとLFとHFはp<0.05で,LH/HFはp<0.05でともに有意に低下する傾向がみられた.
 脊髄損傷全体でのLFとHFは有意の正の高い相関(r=0.835,p<0.0001)がみられた.またLF,HF,LF/HFは損傷部位における有意差はみられなかった.
 以上,心拍変動パワースペクトル解析はTSIでの交感神経,副交感神経活動の弁別定量評価に有用であった.
(日職災医誌,50:434―439,2002)
─キーワード─
外傷性脊髄損傷,自律神経,心拍変動,パワースペクトル解析
UP

インド在留邦人の大気汚染に伴う呼吸器症状の現況
―インド巡回健康相談アンケート調査の結果と考察―


打越  暁1),飯塚  孝1),古賀 才博1),氏田 由可1)
奥沢 英一1),津久井 要1),濱田 篤郎1),馬杉 則彦1)
石田 安代2),菊岡健太郎2),森川 哲行2),武内浩一郎2)
1)海外勤務健康管理センター,2)横浜労災病院呼吸器科

(平成14年5月27日受付)

海外在留邦人の数は80万人を越え,途上国への赴任者も増加している1).途上国へ赴任する場合,現地邦人の抱える医療問題は特に深刻である.これまで労働福祉事業団は発展途上国を中心に医師団を派遣し,巡回健康相談を実施してきた.インド巡回相談の結果,成人192名中53名の方が何らかの呼吸器症状を訴えており,中でも慢性の咳嗽や上気道炎を繰り返す者が多いことがわかった.アンケート調査の結果,多くの場合インド赴任後に症状が発現し,自動車の排気ガスを主とする大気汚染が密接に関連していることが示唆された.インドをはじめ大気汚染の強い発展途上国に赴任する勤労者の,特に呼吸器疾患に対する対策を早急に実施する必要があると考える.
(日職災医誌,50:440―444,2002)
─キーワード─
インド在留邦人,大気汚染,呼吸器疾患
UP

パーキンソン病におけるセットメンテナンス機能とP300

白濱 勲二1),金村 尚彦1),宮本 英高1),田中 幸子1)
佐々木久登1),小林 隆司2),矢田かおり3),吉村  理4)
1)広島大学大学院医学系研究科,2)北里大学医療衛生学部,3)広島医療保健専門学校,4)広島大学医学部保健学科

(平成14年6月17日受付)

本研究の目的は神経心理学的評価と電気生理学的評価を用いて,パーキンソン病におけるセットメンテナンス機能を明らかにすることである.対象はパーキンソン病群12名(平均年齢62.7±8.3歳.Yahr平均Stage 1.67),健常群7名(平均年齢61.3±9.5歳)であった.神経心理学的評価としてStroop Test,World Fluency Test,Geriatric Depression Scale,改訂長谷川式簡易知能評価,Mini-Mental State Examinationをおこなった.電気生理学的評価として事象関連電位(event-related potentials:ERP)の一つであるP300を聴覚性オドボール課題にて誘発した.Stroop testにおいて所要時間の有意な増加がみられたがセットメンテナンス能力の指標である妨害条件では有意な差がみられなかった.所要時間の増加はセットメンテナンスの障害ではなくbradyphreniaによると思われた.P300の潜時および振幅に有意な差がみられなかった.P300は認知・情報処理を反映すると考えられているが,刺激様式や課題内容によって,反映される認知機能が異なると考えられた.したがって,非痴呆で軽症のパーキンソン病患者はセットメンテナンス機能が保たれる可能性が示唆された.
(日職災医誌,50:445―451,2002)
─キーワード─
パーキンソン病,P300,セットメンテナンス
UP

スポーツ中に生じた尺側手根伸筋腱脱臼の1例

一杉 尚子,倉林 博敏,若松 次郎
国家公務員共済組合連合会稲田登戸病院整形外科

(平成14年3月18日受付)

 直接外力が発生の一因となった尺側手根伸筋腱(以下ECU腱と略す)脱臼の1例を報告する.
 症例は25歳,男性.剣道の練習中に右手関節部尺側を強打した.同部の疼痛を主訴に,受傷2日目に当科外来を受診した.来院時,前腕回外位で手関節を尺屈させると,尺骨頭上を索状物がのりこえる現象がみられた.尺側手根伸筋腱脱臼の診断で,受傷12日目に観血的治療を行った.伸筋支帯に明らかな断裂はなく,これをflap状に切開すると,ECU腱は膜状のfibro-osseous tunnelにつつまれており,回外・尺屈位で尺側に牽引したところ,容易に尺骨茎状突起をのりこえた.伸筋支帯の有茎flapでfibro-osseous tunnelを再建した.術後経過は良好で,術後2カ月で元職に復帰し,術後1年3カ月を経ても脱臼の再発もない.ECU腱脱臼についての過去の報告では,fibro-osseous tunnelがECU腱の緊張で破綻して脱臼したと考えられる例が多い.しかし,本症例の受傷機転は,肢位によるECU腱の緊張だけではなく,ECU腱もしくはfibro-osseous tunnelへの直達外力が発生の一因と考えられた.本症例は,受傷早期からの観血的治療が有効であった例であるが,ECU腱脱臼の発生機序を解明する上でも貴重な症例と思われた.
(日職災医誌,50:452―454,2002)
─キーワード─
尺側手根伸筋腱,脱臼,スポーツ
UP

腓骨筋腱脱臼を合併した踵骨骨折の3例

坂上 秀樹,笹重 善朗,益田 泰次
小林 孝明,下野 研一,永田 義紀
中国労災病院整形外科

(平成14年3月27日受付)

比較的稀な腓骨筋腱脱臼を合併した踵骨骨折の3例を報告した.過去34年間に,当科で治療を行った711例の踵骨骨折のうち,腓骨筋腱脱臼を合併した症例は3例(0.42%)のみであった.受傷機転については,骨折発生時に,腓骨筋の強い収縮力が生じて上腓骨筋支帯が損傷された結果,腓骨筋腱の脱臼が生じたものと考えられた.踵骨骨折に対して全例に手術的治療(Westhues法2例,観血的整復術1例)を行うとともに,腓骨筋腱脱臼に対して新鮮例の2例では支帯縫縮術(Das De法)を,陳旧例には骨性制動術(Du Vries法)を行い,良好な結果が得られた.踵骨骨折受傷時に外果部痛を認める場合は,腓骨筋腱脱臼の合併を考慮すべきである.
(日職災医誌,50:455―458,2002)
─キーワード─
踵骨骨折,腓骨筋腱脱臼,Das De法1),Du Vries法2)
UP

縦隔気管孔造設術2例の検討

毛利 麻里1),柴田 裕達1),肝付 康子2)
中野香代子2),内沼 栄樹2)
1)横浜市立市民病院形成外科,2)北里大学医学部形成外科

(平成14年4月2日受付)

 縦隔気管孔造設術の2例を経験し,術後に生じた合併症について検討したので報告する.
 症例1は57歳,男性,頸部食道癌気管浸潤.頸部食道,下咽頭・喉頭を切除した後,頸部上縦隔郭清術を行った.鎖骨―第I・II肋骨―胸骨柄の部分切除を施行した後,気管を合併切除した.気管分岐部から,気管断端までは約6cmであった.遊離空腸にて頸部食道を再建し,頸部の皮膚を直接気管断端に縫合し縦隔気管孔を造設した.術後気管孔周囲の皮下に膿瘍を形成したが,切開排膿処置により軽快した.術後10カ月で癌の再発転移にて死亡した.
 症例2は74歳,女性,甲状腺癌気管浸潤.甲状腺全摘および喉頭摘出の後,鎖骨―第I・II肋骨―胸骨柄を部分切除して,気管を合併切除した.気管分岐部から気管断端までは約3.5cmであった.有茎大胸筋皮弁にて気管孔を造設した.術後4日目,皮弁茎部周囲の胸部皮下にリンパ液の貯留を認め,皮弁がうっ血した.直ちにドレナージを行い,皮弁のうっ血は改善した.小範囲の皮弁部分壊死が生じ,デブリードマン,縫合閉鎖を行った.術後5カ月時に心疾患で死亡した.
 上縦隔の腫瘍切除後には大血管が露出するため,術後に感染が生じた場合は,大血管の破裂などの致死的合併症を起こすことがある.また気管孔周囲は死腔が生じやすいため,結流のよい組織で死腔を充填し大血管を被覆することが重要である.さらに,血腫やリンパ液貯留を防止するように確実にドレナージを行う必要がある.
(日職災医誌,50:459―463,2002)
─キーワード─
縦隔気管孔造設術,術後膿瘍,ドレナージ
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橈骨神経本幹及び後骨間神経の断裂を合併した上肢多発骨折の1例

西野 衆文,三上 容司,岩野 孝彦,三好 光太
西田  智,本村 朋英,酒井 晋介
横浜労災病院整形外科

(平成14年4月2日受付)

 上腕骨骨幹部骨折に合併する橈骨神経断裂やMonteggia骨折に合併する後骨間神経断裂はよく知られているが両神経が同時に断裂することは稀である.今回我々は同一側に生じた両骨折に各々の神経断裂を合併した1例を経験した.
 症例は47歳女性,交通事故で車外に投げ出され受傷.右上腕骨骨幹部骨折,同側のMonteggia骨折および橈骨骨幹部骨折を合併し来院時より橈骨神経の完全麻痺を呈していた.その後経過観察を行ったが麻痺の回復が全く認められなかったので,観血的内固定術に加えそれぞれの箇所での神経展開術を行った.上腕骨骨折部での橈骨神経本幹の断裂と橈骨頭の脱臼部での後骨間神経の損傷とそれより遠位の回外筋肉内での後骨間神経断裂を認めた.橈骨神経本幹断裂部から後骨間神経断裂部まで橈骨神経浅枝を用いて遊離神経移植を行った.
 一般に骨折,脱臼に合併する神経麻痺は保存療法にて回復することが多い.しかし,神経断裂や骨折片間への神経の嵌入が考えられる場合には早期に神経展開を要する.
 本症例では橈骨神経本幹とその下位にあたる後骨間神経の2カ所での断裂を疑いそれぞれの骨折,脱臼部位にて神経展開術を行い各々の神経にて神経断裂を認めた.本症例のような完全麻痺を伴う多発骨折に対しては,複数カ所での神経損傷の可能性を念頭におき,充分な神経展開が必要である.
(日職災医誌,50:464―467,2002)
─キーワード─
重複神経損傷,上肢多発骨折,橈骨神経
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