2002年 第4号

日本職業・災害医学会会誌  第50巻 第4号

Japanese Journal of Occupational Medicine and Traumatology
Vol.50 No.4 July 2002




巻頭言
勤労者メンタルヘルスに求められるもの─精神科医の立場から

基調講演
新しい生体機能原理:フィジオーム研究の推進

教育講演
反射性交感神経性ジストロフィー(RSD,CRPS)の最近の知見とリハビリテーション

原  著
エチルエステルエイコサペンタイン酸の糖尿病性腎症における
血清トロンボモジュリン濃度への影響
職域における高脂血症治療の実態調査
健診にみられた「死の四重奏」の頻度と臨床像に関する検討
当院における肺癌患者の退院後職場復帰に関する検討
塵肺症における蛍光気管支鏡検査の有用性
顎骨骨折患者の経管栄養法における投与時間に関する臨床的検討
当科における顎顔面骨骨折の臨床統計的検討
脊髄損傷者の合併症に関する長期経過観察─多施設間前向きコホート研究─
整形外科領域における心因性障害
有珠山噴火避難時の病―病連携(送り手と受け手)
福島労災病院における「勤労者 心の電話相談」─開設2年間の報告
振動障害患者の冷水負荷(5℃10分間)皮膚温の経年的変化

症例報告
人工骨頭再置換術後の大腿骨骨折に対してMennen plateが有用であった1例
下顎骨折後に咬合回復のために骨延長を行った2例



巻頭言
勤労者メンタルヘルスに求められるもの
─精神科医の立場から


佐々木時雄
労災リハビリテーション長野作業所所長

 メンタルヘルスとは「人間の尊厳を何よりも尊い価値として保証しなければならない」という命題に基づいた日本国憲法によって保障されている生存権を脅かすものを究め,各個人がその脅威にさらされることのないような方策を講じることを目的としたものでなければならないと考えております.
 差別や暴力は言うに及ばず貧困や過酷な労働によってもたらされる苦しみは人をして病に至らしめます.人間としての尊厳を保つことを妨げ,生存を脅かすものとはいかなるものでも対峙し,それがもたらす脅威を可能な限り少なくしていくのが医療従事者に課せられた義務であり,これを実践していくのがメンタルヘルスの使命であると考えます.
 THPを推進するためにはメンタルヘルスが欠かせないことは当初より予測されておりました.また勤労者が置かれている現況を直視しますと,その労働態様や企業によっては裁量労働時間制を採用しておりますことから勤労者の心理的負荷に焦点をあてたケアが近年においてより重要になっていることは誰しもが認めることと考えております.
 ここでいう心理的負荷と申しますのは例えば怒りや悲観的になりやすい自分の感情や思考をどう処理していいのか分からずにいることによる心理的な負担を指しています.怒りを直截的に表現することを憚ることの多い人はそれを抑圧し,それが昂じてきますと怒りを抑えつづけてきた過程そのものに無理がありますのでそれが破綻し,身体症状として表現されます.これを身体化と呼び,この身体化が臓器に病変たとえば胃潰瘍などを惹起しますと心身症と診断し,心療内科の領域でありますことから心療内科医が対応します.
 ところが心身症とは異なる身体化を主とする身体表現性障害が軽症うつ病などといわれる症状を呈し,また不安症状をともなうことから心療内科医が対応に苦慮するようになります.患者もまた些細な身体の変化に影響されて不安を抱き,医師を訪れますが所見が見当たらないということで何の対応策も講じられないことから別の医師を受診して検査を受けるという行動を繰り返します.これを疾病行動といい,この行動が患者,医療機関双方を混乱させ,経済的な損失をも招いております.また身体表現性障害と診断されていた症状が実はうつ病であったとか,精神分裂病であったりすることも稀ではありません.これらを診断することがまず必要であり,同時にその時点から精神科医の治療が始まるのです.疾病行動への対応も精神科医の果たすべき役割と心得ております.
 わが国では心身症は主として内科学より派生した心療内科で扱われ,神経症は主として精神科,神経科で扱われていますが,そもそもpsychosomatic medicineは発祥の地,米国においてはpsychiatryの一分野に属し,心身症と神経症性障害を同じ病態で捉えて治療しております.患者自身が自ら抱えている葛藤を自分の力で処理できないことから症状が形成されていると捉える視点が医師の側にあるのです.そして彼らはおしなべて感情をうまく表現できないという特性も有しているといわれております.リラクセーションなどでは済まない病理が背景にあるとしますと,自分の思っていることを表現し,感情を適度に表出することが必要になってきます.これにはSST(social skill training)が有効とされています.これは他人と折り合う能力で,従来でいう神経症から躁うつ病,精神分裂病と対象は広範囲にわたっており,このskillは仕事をする技能,人に頼りにされる能力と共に精神科リハビリテーションで重視されております.トレイニングはデイケアでも行うことができます.個人精神療法も必要で,症状の重症度によっては入院も必要です.しかしながら基本は薬物療法を加味した静養であり,入院は最小限にとどめ,デイケアを活用し,社会復帰を目指すべきでしょう.この一連の流れを精神科リハビリテーションとして捉え,メンタルヘルスの目標とすることが大事です.これらが独立して別個に行われることは勤労者メンタルヘルスの本筋と著しく乖離していることは誰の目にも明らかであります.つまり,勤労者がメンタルヘルスセンターを訪れた場合には心身症はもちろんのこと,精神障害すべてを一貫した指針でもってケアをし,社会復帰を推し進めるということです.そしてケアの過程でもって知りえた情報を予防に役立てることこそが大切であるということです.
 精神障害と業務上外の認定に係わる判断指針がだされました.この判断指針の根底には,hazard(害を及ぼすもの),harm(hazardによって生じた疾病,損傷,破損等の被害),risk(hazardにより被害をもたらす危険性,被害の大きさの程度),risk assessment(riskの程度を事前に解析・評価することをいう),risk management(危険を除くか,その程度を小さくすること)という労働安全衛生の考えがあります.これを精神医学に応用して,メンタルヘルスのシステムを作ることができます.精神医学の視点から仔細に検討しますとhazardとharmは相互に作用しあっており,上司の言動をどう受け止めるかは部下の側の要因によって異なります.脆弱性という要因も取りざたされております.それが分かったからといって解決されるものではありません.勤労者の8割の人が対人関係で悩んでいるという報告も公表されておりますことからhazardとharmとの相互作用の経緯を明確にし(risk assessmentに相当します),互いの教訓として受け止め,さらに前進するというのが本来のメンタルヘルスではないかと考えます.中間管理職が実は部下のことで苦慮し,過重なストレスを抱えていることも稀ではありません.harmがhazardにもなりうるということです.このことを念頭に置きますと勤労者メンタルヘルスは被害にのみ焦点を当てがちだった従来の手法を転換させ,相互作用性という視点から管理職の人々も相談できるようなシステムにして,リスクマネージメントを行うことが望ましいと考えております.
 そしてなによりも大切なことは,ケア(サービスという意味もある)を受ける人の視点に立ち,支援の提供,中でも,環境的な支援を提供することの重要性を精神科医のみならずコメディカルスタッフもよく理解することが重要なのです.また,「リハビリテーション」の本来の意味は,「名誉の回復」であることをも忘れてはならないことです.なぜかといいますと冒頭に述べましたメンタルヘルスの理念と深く関わっているからであります.
 以上のような基本姿勢が勤労者メンタルヘルスに求められていることをあえて申し述べ筆を擱きます.
UP

基調講演
新しい生体機能原理:フィジオーム研究の推進

梶谷 文彦
岡山大学大学院医歯学総合研究科システム循環生理学

(平成14年4月15日受付)

 ポストゲノムとして期待されている「フィジオーム(Physiome)」は,physio=life又はnature,-ome=as a whole entityからの造語で,生体の機能を構成的に解析し理解するものと定義されている.すなわち,ゲノムのgeneに対してフィジオームは機能を強く意識している.もともと,NIHがフィジオームの音頭取りを行ったが,その背景には,NIHの中に「BECON(Bioengineering Consortium,生体工学協会)」の誕生がある.BECONでは生体について生物学と協調しながら物理,数学,化学,工学を用いて遺伝子から機能に至る過程を構成的に理解し医学に役立てるものだと定義し,その具体的成果として,NIHに新しい医用工学関連の研究所(所長:Donna J. Dean)が2001年に発足した.日本でもこれを受けて,同年,産業経済,文部科学,厚生労働など省庁横断的な「医療技術産業コンソーシアム(METIS)」が立ち上げられ,現在その戦略会議が進められている.
 生体は,小さな分子から形成され,それぞれ固有のダイナミクスを持つ構成要素が組み合わされて細胞や組織などの機能単位となると,変形したり,成長したり,死滅したりといった様々な能力を発揮する.遺伝子は,タンパク質など生命にとって重要な分子を作るための「青写真」である.しかし,青写真や部品が明らかになってもそれがアセンブルした複雑な生体ではどう機能するかを推論するのは容易ではない.そこで,フィジオームでは,個々の生体の機能モジュールを統合してシステムとしての機能を構成的に理解しようとするものである.すなわち,フィジオームプロジェクトは,(1)分子から器官に至る生体機能の評価を行う手段の提供,(2)ゲノム,プロテオーム(proteome),フィジオーム間の有機的な統合,(3)機能データベースの構築,を行うものである.フィジオームは今後,遺伝子治療や薬剤治療のデザイン支援,薬剤デザインの効果的標的化,治療法の副作用の事前および事後評価などにも不可欠となろう.また,フィジオームに立脚した個人の特性に基づくtailor-made医療も社会的ニーズに応えるために必要である.
(日職災医誌,50:241─245,2002)
─キーワード─
フィジオーム,プロテオーム,医療技術産業戦略コンソーシアム
UP

教育講演
反射性交感神経性ジストロフィー(RSD,CRPS)の
最近の知見とリハビリテーション


古瀬 洋一
サトウ病院院長(整形外科)

(平成14年3月18日受付)

 近年RSD(CRPS)を争点にした医療訴訟が増えてきて社会問題となっている.このためRSDは広く世間に知られることになった.RSDが外科医に知られていなかった10年前とは隔世の感があるが新しい問題点も生まれている.外傷後に痛みが長引けばすべてRSDと診断してしまう傾向にあり,診断基準に則って正しく診断されていないことが多い.精神科で診断基準が設けられている疼痛性障害との鑑別が重要である.
 四肢の機能が強く障害されるRSDでは適切なリハビリテーションを行うことが重要であるが,その報告は少ない.リハビリの目的は痛みに対するリハビリと,機能障害に対するリハビリに大別される.前者には温熱療法,光線療法,電気刺激療法などがあり,後者には関節可動域訓練,筋力強化訓練,作業療法,装具療法などがある.いずれもRSDをよく理解している理学療法士や作業療法士とチームを組んで行わなければならない.
 多くの患者は痛みの除去もしくは軽減を求めていて,痛みさえ無くなれば機能障害は自然に解決できると考えている.初期のRSDではそう考えてよいが,末期では痛みを取ることは非常に困難であるので,リハビリの目的を除痛に置かずに機能障害の改善に絞って行ったほうがよい.一例として脱過敏療法を示す.これは痛みはあるけれど触れなかった患指に触れるようにしようとする治療である.この療法によりピンチ力が回復し,日常生活動作が改善した.
(日職災医誌,50:246─249,2002)
─キーワード─
反射性交感神経性ジストロフィー,複合性局所疼痛症候群,リハビリテーション
UP

原  著
エチルエステルエイコサペンタイン酸の糖尿病性腎症における血清トロンボモジュリン濃度への影響

藤原 豊
美唄労災病院内科

(平成14年3月15日受付)

糖尿病腎症における血清トロンボモジュリン(TM)濃度へのエチルエステルエイコサペンタイン酸(EPA)の影響を検討するために,36名のアルブミン尿を有する糖尿病患者に1日1,800mgのEPAを投与し,その前後で臨床的検討をした.EPA投与前の対象患者全体を検討すると,微小血管症(腎症,網膜症,神経症)および大血管障害(脳血管障害,下肢動脈硬化症)において,有意に血清TM濃度は上昇していた.一方,血清TM濃度は尿中微量アルブミン量(AER)と単変量でも多変量でも有意に相関がみられた.1日1,800mgのEPAを投与にて,AERは特に微量アルブミン尿群で有意に低下し,一方,血清TM濃度は,微量アルブミン尿群でも顕性蛋白尿群でも有意に上昇をみた.血管損傷指標である血清 von Willebrand factor (vWf: Ag)濃度は変化なく,酸化ストレスを示す血清過酸化脂質にも変化は見られなかった.血清脂質(コレステロール,中性脂肪)の有意の低下をみた.以上より,EPAの糖尿病性腎症保護作用と血管内皮細胞でのTM発現の促進が示唆された.
(日職災医誌,50:250─257,2002)
─キーワード─
血清トロンボモジュリン,エチルエステルエイコサペンタイン酸,糖尿病性腎症
UP

職域における高脂血症治療の実態調査

久保田昌詞,鍵谷 俊文,前田 宏明, 田邊  淳
瀧本 忠司,大東 正明,田中 健一, 岡田  章
玉井 正彦,中田 一洋,益江  毅, 日高 秀樹
岡田  章,加藤 俊夫,佐藤 秀幸1,堀  正二1
大阪大学第一内科産業医学研究会,大阪大学病態情報内科学1

(平成14年3月8日受付)

目的:高脂血症は突然死の原因ともなる循環器疾患の主なリスクファクターであり,その頻度も極めて高いものの,これら患者の一般的な治療の実態は不明な部分が多い.そこで,職域の健診にて把握されている治療の必要な患者の実態をアンケートと健診成績より明らかにすることを目的に調査を行った.
対象・方法:対象は1999年度の定期健康診断時に血清脂質検査項目の判定が"要治療"または,本人の申告にて"治療中"である13社18事業所の40歳以上の1,213名で,その母集団は約23,000名である."要治療"の基準値は事業所によって異なったが,多くは血清総コレステロール(TC)260mg/dl以上,トリグリセリド(TG)500mg/dl以上であった.これらの対象者にアンケート調査をおこない,1998年度より2000年度の健診成績と対比させた.薬剤は写真で確認させた.
結果:アンケートの回収率は68.9%であり,そのうち男女とも約65%が定期的に通院治療を受けていると回答した.男性のみで検討すると,1999年度の健診時のTC値(mg/dl)は通院群231±36で,非通院群248±44,未回収群254±48よりも有意に低かった.TG値も同様であった.経年的に観察すると,通院群ではTC値が低下したが,非通院群,未回収群では不変であった.しかし,通院群においても日本動脈硬化学会の提案する高脂血症治療ガイドラインの管理目標値への2000年度での到達率はカテゴリーB2以上で20%以下であった.また,動脈硬化性疾患の検討では過去1年間に負荷心電図を受けたものは13.7%,過去に遡って頸動脈エコー検査・冠動脈造影を受けたものは各々11.5%,8.0%と低かった.
結論:生活習慣病の中でも職域で罹患率の高い高脂血症に対して特に動脈硬化性疾患の予防を意識した治療・管理指針の設定が重要な課題と考えられる.
(日職災医誌,50:258─263,2002)
─キーワード─
高脂血症,一般診療、患者アンケート調査
UP

健診にみられた「死の四重奏」の頻度と臨床像に関する検討

瀧本 忠司1),田邊  淳2),大東 正明2)
1)ダイハツ工業株式会社京都工場診療所,2)ダイハツ保健センター

(平成14年3月8日受付)

目的:2001年4月から労災保険制度での二次健康診断等給付が始まった.そこで私達は定期健康診断で,「死の四重奏」の頻度および臨床像の検討を試みた.
対象と方法:2000年7月から2001年6月末までの,定期健康診断受検者全員(1,031名,男性1,006名,女性25名)を対象とした.血圧はSBP≧140mmHgまたはDBP≧90mmHg,血中脂質はT. chol≧220mg/dlまたはHDL-C<40mg/dlまたはTG≧150mg/dl,血糖はFBS≧110mg/dl,BMIは25kg/m2以上をもって異常と判定した.これらの4条件をすべて満たすものを「死の四重奏」と判定した.
結果:「死の四重奏」の頻度は0.6%(1,031例中6例)であった.「死の四重奏」群(n=6)では年齢が52.0±6.5歳と,「死の四重奏」を認めない群(n=1,025)の39.7±12.1歳に比し有意(p<0.01)に高かった.またγ-GTP値は「死の四重奏」群で109.1±62.9 IU/lと,「死の四重奏」を認めない群の34.7±39.4 IU/lに比し有意(p<0.001)に高値を示した.BMIは25.0から27.0kg/m2を示し,その増加は比較的軽度であった.
 「死の四重奏」を示した6例中5例では心電図異常(左室肥大やST-T異常),または胸部レントゲン所見(心陰影拡大や大動脈弓の拡大・蛇行)を認めた.「死の四重奏」群(n=6)では「死の四重奏」を認めない群(n=1,024)に比し,1日当たりの飲酒量が有意(p<0.01)に多かった.
結論:当工場の定期健康診断で,「死の四重奏」群の頻度は0.6%(6/1,031)と少なかったが,その6例中5例では心電図異常または心陰影拡大や大動脈弓拡大・蛇行を認めた.また「死の四重奏」群では年齢が有意に高く,また1日当たりの飲酒量が有意に多かった.以上より,「死の四重奏」群では二次健康診断や保健指導が必要と考えられた.
(日職災医誌,50:264─269,2002)
─キーワード─
定期健康診断,死の四重奏,飲酒
UP

当院における肺癌患者の退院後職場復帰に関する検討

森川 哲行1,武内浩一郎1,市野 浩三1
菊岡健太郎1,石田 安代1,打越  暁1,2
横浜労災病院呼吸器科1,海外勤務健康管理センター2

(平成14年2月28日受付)

目的:肺癌患者の増加に伴い就労者が肺癌と診断されるケースも年々増加していると考えられる.就労者が肺癌と診断された場合多くの場合入院加療となるが,さまざまな治療を受け退院した後の職場復帰の状況を調査した報告は少ない.今回我々は当院での退院後の職場復帰の現状についてretrospectiveに検討した.
対象と方法:2000年10月1日から2001年9月30日までに横浜労災病院呼吸器科に入院履歴のある肺癌患者の中で,1)初回入院前に何らかの職業に就いていた症例(職種は問わないが主婦,パートは除外した),2)初回入院の退院の際,死亡退院でない症例,の条件に該当する49症例(男性46例,女性3例)を対象とした.
結果:入院前に就労していた肺癌症例の中で初回入院の退院後に職場復帰した症例は49例中18例(37%)であり,2001年12月末日時点において仕事を継続している症例は18例中9例(50%)であった.また,職場復帰した症例はstage I+IIでは10例中6例(60%)であったのに対して,stage III+IVでは39例中12例(31%)にすぎなかった.また治療内容別では手術症例16例中7例(44%),化学療法+放射線治療併用症例12例中6例(50%)が職場復帰していたが,緩和治療例においては7例中1例(14%)のみしか職場復帰していなかった.
結論:入院前に就労していた肺癌患者の退院後の職場復帰および就業の継続は現段階では比較的困難な状況が浮き彫りにされ,今後の課題であると考えられた.
(日職災医誌,50:270─273,2002)
─キーワード─
肺癌,職場復帰,生活の質
UP

塵肺症における蛍光気管支鏡検査の有用性

森川 清志1),内田 善一2),酒井 一郎1),三上  洋1)3)
中野 郁夫1),木村 清延1),加地  浩1),大崎  饒1)
1)岩見沢労災病院内科,2)同 検査科,3)三上内科呼吸器科クリニック

(平成14年3月10日受付)

塵肺症を対象に蛍光気管支鏡(laser-induced fluorescence endoscpoy:LIFE system)の肺癌診断における有用性を検討した.喀痰細胞診で細胞異型がスクリーニングされた塵肺症20例では,通常の気管支鏡(BF)で13例に肺癌病変を認めたのに対して,LIFEの併用により15例に上皮内癌(CIS)を含む肺癌が診断された.一方,喀痰細胞診では異常が指摘されなかった143例においてはBF単独,LIFE併用とも2例に肺癌が診断されたが,いずれも胸部XPでも腫瘍陰影が確認できた末梢型進行癌であった.LIFE併用により早期occult肺癌の診断率が向上することが示唆された.さらにLIFEを含む内視鏡検査に先行した喀痰細胞診のスクリーニングが,その診断効率を向上させるために重要であることが示された.一方,塵肺症の気管支粘膜には慢性炎症による変化や炭粉による色素沈着がみられることが多いが,そのような症例にLIFEを行う場合には疑陽性のため本来の異型性との鑑別が難しいことがあり注意を要することが判明した.
(日職災医誌,50:274─278,2002)
─キーワード─
塵肺症、肺癌、蛍光気管支鏡
UP

顎骨骨折患者の経管栄養法における投与時間に関する臨床的検討

北村 龍二
関西労災病院歯科口腔外科

(平成14年3月6日受付)

顎骨骨折患者では手術創部の清潔を保つ目的で,あるいは術後顎間固定を施した場合は固形物の摂取が全く出来なくなるなどから,手術後(顎間固定後)は経鼻経管栄養法による栄養管理が一般に行われる.しかし標準的投与法では必要量を注入し終えるのに10数時間が費やされ,安静度の低い患者では行動制限による肉体的,精神的負担が著しい.そこで注入時間による患者の負担の軽減を考え,経腸栄養剤の投与時間の短縮に関する検討を行った.
対象:1997年4月から2001年8月までに関西労災病院歯科口腔外科で手術を行った顎顔面骨折患者のうち,術後顎間固定を施し経鼻経管栄養法を施行した顎骨骨折患者36人.
方法:一日投与量は500ml×3回.計1,500ml(=1,500kcal/日)を標準とし,体格,年齢に応じて増減した.投与速度は500ml/90~120分(250~350ml/h)とし,腹部膨満感等が発現した場合は患者自身による注入速度の調整を許可した.また循環器系,消化器系に特記すべき疾患を持たない場合,経腸栄養剤の濃度の調整も不要と考え初回から希釈せずに注入した.
 副作用,栄養学的パラメータ,体重変化について検討した.
結果:投与時間は90分以下が約80%で,最短は60分であった.副作用は,下痢,腹部膨満感など消化器系症状が主体であったが,投与中止に至った症例はなかった.体重変化は-2~-3kg程度で,各種臨床検査値は生理的変動内であった.
結論:全身状態の良好な顎骨骨折患者には標準投与速度を上回る速度での経腸栄養剤の投与が可能であると考えられた.
(日職災医誌,50:279─282,2002)
─キーワード─
顎骨骨折患者,経腸栄養剤,投与時間
UP

当科における顎顔面骨骨折の臨床統計的検討

田中 徳昭1),吉岡 秀郎1),久島  潔2)
竹田 宗弘1),古郷 幹彦2)
1)大阪労災病院歯科口腔外科,
2)大阪大学大学院歯学研究科顎口腔病因病態制御学講座(口腔外科学第一教室)

(平成14年3月8日受付)

口腔外科領域の外傷には口腔内外の裂傷,歯牙の破折,歯牙の脱臼,顎顔面骨骨折などが挙げられる.顎顔面骨骨折で咬合に異常を認める症例では,その治療目的が他部位の骨折とは異なり,患者固有の咬合を回復することを主目的としている.今回われわれは顎顔面骨骨折について,その原因や治療方法などについての統計的解析を行った.対象は1989年1月から2000年12月までの12年間に大阪労災病院歯科口腔外科を受診した歯槽骨骨折を除く顎顔面骨骨折症例162例とした.性別では男性121例,女性41例で男女比は3:1であった.年度別症例数では1995年より増加傾向にあったが,1999年以降は半数以下に減少した.受傷原因としては交通事故,殴打,転倒・転落,スポーツ,労災の順で多く,ほとんどの原因で男性の方が多かった.しかし,自転車乗車中の事故は女性に多く認められた.受傷部位としては関節突起部,下顎角部が最も多く,次いでオトガイ部であった.治療法としては観血的治療が非観血的治療よりやや多い結果となった.顎間固定期間は非観血的治療症例で18.3日,観血的治療症例で14.6日と観血的治療症例で有意に短くなった.入院期間は非観血的治療症例で19.6日,観血的治療症例で22.2日と観血的治療症例でやや長くなる傾向が見られた.チタン性プレートを使用した症例では約70%でプレート除去が行われていた.これらのことから,顎顔面骨骨折症例の性差,年齢,受傷原因,受傷部位についてはその地域・時代が反映される結果がみられた.観血的治療を行った場合,非観血的治療と比較して優位に顎間固定期間が短縮されたことから,患者の早期社会復帰を可能にしていることが考えられた.
(日職災医誌,50:283─288,2002)
─キーワード─
顎顔面骨骨折,臨床統計,顎間固定
UP

脊髄損傷者の合併症に関する長期経過観察
─多施設間前向きコホート研究─


内田 竜生
関東労災病院リハ科

中島 昭夫
労災リハ愛知作業所

佐直 信彦
東北文化学園医療福祉学部

村田 勝敬
秋田大学医学部衛生学講座

(平成14年3月10日受付)

目的:脊髄損傷は,受傷後急性期の生命管理と慢性期における健康管理法が向上し生存期間は飛躍的に延長している.これに伴い脊髄損傷に特有な様々な合併症が指摘されている.これら合併症の有病率はどの程度なのか,また長期経過に伴いその割合はどのように変化しているのか調査した.
対象:全国労災病院(27労災病院と総合脊損センターを合わせた28施設)にて入院治療を受け,その後退院・社会復帰した脊髄損傷患者620症例を対象とした.
方法:労災病院における脊髄損傷者の長期経過観察の研究は,1983年に中島ら(中部労災)が中心となり,全国労災病院を退院し社会復帰した脊髄損傷者に対して,生活状況に関するアンケート調査として実施された.1999年に第3回調査が行われ過去16年間の脊髄損傷者の長期経過観察結果が集計された.これらの結果を用いて脊髄損傷者の受傷後の合併症の有病率について検討した.
結果:有病率は16年間において糖尿病が3.8倍,心臓病は3.7倍,脳血管障害は3.3倍,高血圧症は3.2倍高くなっていた.糖尿病,高血圧症について,標準化有病率を一般人口と比較したが有意差は認めなかった.一方,褥瘡,膀胱炎,腎臓病,胃腸病などの疾患については有病率の変化はほとんど認められなかった.
(日職災医誌,50:289─294,2002)
─キーワード─
脊髄損傷,合併症,コホート研究
UP

整形外科領域における心因性障害

土井 照夫
正風病院整形外科

絹巻 純子
大阪労災病院臨床心理士

(平成14年3月10日受付)

 外傷後,経過とともに疼痛,知覚障害,運動障害が発現し神経学的に説明困難な症例がしばしば見いだされる.これら症例の中にはRSD,あるいはジストニヤなど器質的疾患として診断される症例もあるが,非器質的な心因性障害としての特徴を持ったものも多い.外傷後,整形外科に通院していることが多いが,異常に気付かれず治療遷延の原因となっている.整形外科医にとっては早期に異常を見出し,専門医の協力を求めることが重要である.
 ここではすでに症状固定として障害補償の対象となった時点の検診で,転換型あるいは解離型の心因性障害と考えられた症例の特徴的な身体所見を報告し,早期発見に必要な徴候を提示するとともに,障害の重要性について述べた.
 症例は1998年5月から2001年5月まで整形外科関連の鑑定例98例の中,心因性障害が主であると認められたもの14例であり,男性10例,女性4例,年齢は33歳から66歳,平均53歳であった.
 原疾患としては非災害性の1例を除けば,全て災害性のものであった.
 治療期間は6カ月から26年10カ月,平均43.9カ月と異常に長い.
 訴えの多彩さが全例にみられたが,特徴的な身体所見としては知覚障害域の異常なパターン,神経学的に説明の付かない運動障害,脊柱の異常な運動制限,伸展下肢挙上テストに対する異常な抵抗,広範な圧痛点などであった.
 心理テストは2例に実施出来なかったがICD-10で解離性(転換性)障害9例,身体表現性障害3例であった.
 非器質的な心因性疾患という診断はとくに慎重でなければならないが,これらの徴候が見いだせれば心因性障害を疑うべき警告として早期に専門医の協力を求めるべきである.
(日職災医誌,50:295─299,2002)
─キーワード─
心因性障害,転換性障害,身体表現性障害
UP

有珠山噴火避難時の病―病連携
(送り手と受け手)


宮崎  悦,中谷 玲二,後藤 義朗**
とうや協会診療所,洞爺温泉病院,**洞爺協会病院

(平成14年3月10日受付)

 2000年3月31日の有珠山噴火に先立ち,洞爺協会病院は患者・職員の全員避難を決断し,無事避難を敢行しえた.この際患者の約半数が近隣の病院に転院となり,病-病連携の重要性を痛感した.そこで,今回は主として,受け手側の病院であった洞爺温泉病院の視点に立ち,避難前の状況,患者搬入とトリアージを,洞爺協会病院の避難経過も振り返りながら報告する.
 予知不能な災害に備えるため,平時のうちに災害対策マニュアルを作成し,各地域において行政・医療機関・消防組合等が一体となった訓練を行うことが必要であろう.今回の我々の経験がその際の参考になれば幸いである.
(日職災医誌,50:300─303,2002)
─キーワード─
有珠山噴火,病院相互連携,受け入れ病院
UP

福島労災病院における「勤労者 心の電話相談」─開設2年間の報告

下川 一恵,高橋 宏明
福島労災病院勤労者心の電話相談室

繁名 慎一,岡本 香奈,遠藤 泰恵,桃生 寛和
福島労災病院勤労者メンタルヘルスセンター心療内科

(平成14年3月10日受付)

労働福祉事業団では,勤労者のメンタルヘルス対策の一環として,平成11年12月より全国16の労災病院に電話相談室を開設した.本稿では平成13年5月までの2年間,当相談室へ寄せられた相談の内容と傾向を,考察をまじえて報告する.
対象:531件(男性120件,女性409件,不明2件)
結果:労働福祉事業団本部作成の記録表をもとに集計を行った.?相談対象者は本人からが多数を占めた(438件).?相談者の年代別では,20歳代(47件)と40歳代(48件)が多かった.?通話開始時間帯別では,14時から(99件)と19時から(119件)が多かった.?相談対応時間は,30分以内のものが392件と多数を占めた.?住所はいわき市内173件,いわき市外の福島県内55件,福島県外の東北地方4件,東北地方以外11件であった.?対象者の職種は事務職66件,技術職29件の他,無職62件も多かった.身分はほとんどが一般職で,管理職からの相談は少なかった.?相談内容は人間関係での悩みが圧倒的に多く,イライラ・不安・不眠・疲労感などうつ状態や心身症を疑わせる症状を訴える相談も寄せられた.
まとめ:電話相談は直接相談機関を訪ねることに比べて心理的負担が少なく,周囲の者に話しにくい悩みを共に考える「身近な相談者」として意義があると思われる.
(日職災医誌,50:304─308,2002)
─キーワード─
電話相談,メンタルヘルス
UP

振動障害患者の冷水負荷(5℃10分間)皮膚温の経年的変化

黒沢 洋一1,那須 吉郎2,石垣 宏之2
篠原 泰司2,細田 武伸1
鳥取大学医学部公衆衛生1,山陰労災病院振動障害センター2

(平成14年3月10日受付)

79人(平均年齢48.5歳,34~62歳)について初回の受診から15年間の経過を追跡することができた.診療記録より末梢循環障害の自覚症状の症度,冷水負荷(5℃10分間)皮膚温検査の値を収集した.症状の強い側(同程度場合は左側)の手の中指末端背部の皮膚温度をサーミスターを用いて1分毎に測定した.検査は,片側の手を手関節まで5℃の冷水に10分間浸漬して行った.初診時の症度別の冷水負荷皮膚温では有意の差はみられなかった.経年的変化では,安静時の皮膚温は有意の上昇がみられたが,冷水負荷後の回復率には変化がほとんどみられなかった.さらに,初診時と15年経過後の自覚症状の変化と検査結果との関連もみられなかった.5℃10分間の冷水負荷皮膚温測定は振動障害性末梢循環障害評価のための定期検査としては不適と考えられる.
(日職災医誌,50:309─312,2002)
─キーワード─
冷水負荷試験,手指の皮膚温度,振動障害性レイノー現象
UP

症  例
人工骨頭再置換術後の大腿骨骨折に対してMennen plateが有用であった1例

中永士師明1,遠藤 重厚2,山田 裕彦2,嶋村 正3
秋田大学医学部救急医学1,岩手医科大学医学部救急医学2,同 整形外科3

(平成14年1月18日受付)

人工骨頭再置換術後の大腿骨骨折に対して,Mennen plateを使用して骨接合術を行い,良好な結果を得たので報告する.患者は72歳,男性で,52歳時,交通事故にて左大腿骨頚部内側骨折を受傷し,人工骨頭置換術を施行された.61歳時,再度,交通事故にて人工骨頭stem先端部骨折を受傷し,人工骨頭再置換術を行った.さらに今回,交通事故にて左大腿骨を再度骨折し,2本の大腿用Mennen plateで固定した.術後,10ヵ月のX線像で骨癒合がみられた.Mennen plate法はclamp-on plateという特性を生かせば髄腔内に髄内釘,プレート,螺子などを挿入できない再骨折例には,十分効果が得られる治療法であると思われた.
(日職災医誌,50:313─316,2002)
─キーワード─
Mennen plate,人工骨頭置換術,大腿骨骨折
UP

下顎骨折後に咬合回復のために骨延長を行った2例

高田 典彦
山王病院歯科口腔外科

(平成14年3月7日受付)

下顎の骨延長は1992年にMaCarthyによって報告された.最近では,劣成長の下顎骨に対し用いられるようになってきた.今回,下顎骨折後に咬合を回復するために骨延長を行った2つのタイプの骨延長症例を報告した.
症例1:1998年,15歳の少年が横浜労災病院の救急外来に搬送された.患者は,校舎の3階から転落し,解放骨折を起こした下顎骨と顎関節の治療を受けた.その結果として,補綴治療では治療困難な小下顎症,咬合不全,上下顎間距離の狭小化を生じた.セフェロ分析では,両側下顎枝の時計回りの回転を伴う劣形態を示していた.そのため両側下顎枝の骨延長を計画した.外科手技は,口腔内から骨切りを行い,口腔内装置で骨延長を行い,両側の延長は約4.8mm行った.患者は約7mmの上下顎間距離を得,その結果無歯顎の部分にインプラントを挿入することが可能となり,正常な咀嚼機能と理想的な顔面バランスを回復した.
症例2:患者は,36歳,男性.慢性の歯槽骨炎と義歯制作の依頼で紹介来院した.来院時すでに,バイク乗車時の交通事故にて,骨折の整復がなされていた.初診時の所見は,口腔内からの排膿,咬合不全,下顎神経のしびれを示した.その後の検査から,骨髄炎のコントロールのために感染部位を切除した.その結果,骨欠損を伴ったことで顔面非対称,咬合不全を生じた.6カ月後に骨延長を計画した.隣接の下顎骨にトランスポートセグメントを設置し,創外延長装置を設置した.骨延長により,欠損部には新しい骨で満たされた.その結果,顔面の対称性もよく改善され下顎骨の連続性も得られ,義歯を装着する事が出来た.これらのケースでは,感染や顎関節の問題は生じなかった.
(日職災医誌,50:317─321,2002)
─キーワード─
骨延長,咬合再建,下顎骨折
UP

BACK NEXT

【全:LHW】フッターメニュー

PAGE TOP