2001年 第1号

 

日本職業・災害医学会会誌  第49巻 第1号

Japanese Journal of Occupational Medicine and Traumatology
Vol.49 No.1 January 2001



基調講演

勤労者医療推進の現状と展望
─最近における労災病院,産業保健推進センターなどの活動展開を中心として─
若林 之矩(労働福祉事業団 理事長)

原 著
阪神大震災における眼科医療非政府組織~NGO活動~について
人工真皮・細骨片複合利用による眼窩底骨折補填材
脳卒中簡易復職チェックリストの妥当性ならびに精度の検証
当院における脊髄損傷の50年─疫学的考察─
INTERNAL FIXATION FOR FEMORAL SHAFT FRACTURES AFTER HIP ARTHROPLASTY
国際災害医療救援活動におけるインマルサットを使用した衛星情報通信システムの運用の可能性についての考察
人間ドックにおける理学療法の評価
じん肺健康管理区分決定の実態に関する全国調査
腎損傷剖検例の検討
脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の手術成績と職場復帰
勤労者の心疾患の臨床的特徴─急性冠症候群研究会(OACIS)データから急性心筋梗塞症における解析─
昭和大学眼科における眼外傷の検討(平成10年)
肢切断後の就労

症 例
口腔領域の異常感覚
術後に生じた肺塞栓症の2例
Locked-in症候群のリハビリテーション
介護労働者に発生した半月板損傷の1例
脳梗塞後に発症した血管新生緑内障の1例


基調講演
勤労者医療推進の現状と展望
─最近における労災病院,産業保健推進センターなどの活動展開を中心として─

若林 之矩
労働福祉事業団 理事長

(平成12年11月30日受付)

本日は,第48回日本職業・災害医学会学術大会においてお話しする機会をいただき,心より光栄に存じている.  私は,3年前の第45回大会においても,「勤労者医療推進のために」と題して,勤労者医療の概念と重要性,21世紀に向けての勤労者医療の具体的な課題について,お話しをさせていただいた.今回,再びこのような機会を与えていただいた荒記会長に,感謝申し上げる次第である. 今年,西暦2000年は,かのベルナルディノ・ラマッツィーニが『働く人々の病気』1)をイタリアで出版してから,ちょうど300年目に当たる.このような記念すべき年に当学会の名称に「職業」が冠される最初の学会が開かれることにある種の感銘を覚える次第である. ラマッツィーニは,この著書の序文で,病人のそばにいるときには,具合はどうか,原因は何か,いつからか,どんな食物を食べているか,ということに付け加えて,「職業は何か」と質問しなければならない,と語っている.ここには患者さんの背後に職業的な要素を見ていくという勤労者医療の基本的姿勢があると考えている. 前回お話しをさせていただいた年の暮れに,「特殊法人等の整理合理化について」という閣議決定2)がなされ,労働福祉事業団に対しても「勤労者医療の中核的機能を高めるため,労災指定医療機関や産業医などとの連携システムを含め,その機能の再構築を図る」という指摘があった.「勤労者医療」という概念が,政府の最高意思決定機関で認められたことは意義深いことである. この閣議決定を受けて,私どもは勤労者医療の中核的機能を担うべく様々な取組を検討し,そして実践してきた.このような背景を踏まえ,勤労者の健康を取り巻く環境の変化や,労災病院と産業保健推進センターを両輪とした勤労者医療の実践をご報告申し上げたい.21世紀に向けて,臨床を担当する方々と保健を担当する方々が一体となって勤労者の健康問題に取り組まれて行くに当たりご参考になれば幸いである.
(日職災医誌,49:1─6,2001)
─キーワード─
勤労者医療,労災病院,産業保健
UP

原 著
阪神大震災における眼科医療非政府組織
~NGO活動~について

松石 美応,関   保,植田 俊彦
稲富  誠,小出 良平,山中 昭夫
昭和大学医学部眼科

(平成12年10月12日受付)

目的:平成7年1月17日に起きた阪神大震災について,様々な分野での災害救援医療の報告がある.しかし我々が行った様な非政府組織としての眼科巡回診療の報告はないので,この経験をまとめて報告する.
対象および期間:地震発生6日目の1月23日から2月4日まで,多くの死亡者が出た灘区を中心に,東灘区,中央区を担当した.巡回した避難所は計84カ所,延べ137カ所であった.総収容人数は延べ57,274人,うち眼科受診者数は延べ907人であった.
診察方法:巡回班の構成は,延べ医師58人・看護婦29人・ボランティアドライバー20人であった.診療記録は初期はメモ書きだったが,途中から統一されたカルテを使用した.携行機器は,充電式又は電池式のハンドスリット等を用意した.薬剤は,在庫分で対応し,途中から製薬会社より充分な提供を受けた.
診療経過:初期(1月23日~26日)はまず,状況把握のため広範囲に避難所を巡回した.中期(1月27日~30日)は保健所が各医療班から担当地域の医療情報を集め,ボランティア医療団体の活動縮小化を行った.後期(1月31日~2月4日)は地元開業医が復興してきたので,以後の診療を地元医療機関に引き継ぐ作業を開始した.
結果:眼科受診者数は延べ907人であり,年齢分布は60歳代が最も多く全体の24.8%を占めた.主訴と疾患は同様に白内障関連が最多であった.急性結膜炎・アレルギー性結膜炎は増加傾向にあった.白内障薬の代わりに処方したビタミン剤や人工涙液が初期に多数となった.
結論:白内障関連・結膜炎が多く,異物や打撲等の眼外傷は予想外に少数であった.医療ボランティアの活動の中枢を決め,そこを拠点とする医療情報の交換が重要である.ボランティアを派遣するにあたり,そのメンバーの安全の保証や代診等,施設全体でのバックアップが必要不可欠である.
(日職災医誌,49:7─11,2001)
─キーワード─
地震,天災,災害医療
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人工真皮・細骨片複合利用による眼窩底骨折補填材

平本 道昭,太田 正佳,前田 健志,石川奈美子
大阪府済生会中津病院形成外科

(平成12年6月28日受付)

目的:眼窩底骨折の再建には自己組織を用いるのがより安全であるゆえ,従来廃棄されていた小骨折片でも用い得るように工夫した.
対象:骨欠損を伴う眼窩底骨折
方法:上顎洞,眼窩内などに散在する小骨片を集め,人工真皮上に並べ,フィブリン糊で固定したもので欠損部を補填する.
結果:術後3週間,上顎洞内に留置したバルーンで支持しておいたが,安定した眼窩底を再建できた.
結論:無視されていた小骨片を人工真皮にはさみ込むことで連続性を得,補填材として骨欠損部を修復し,自己材料で安全に眼窩底を再建し得た.
(日職災医誌,49:12─14,2001)
─キーワード─
眼窩底骨折,人工真皮,細骨片
UP

脳卒中簡易復職チェックリストの妥当性ならびに精度の検証

佐伯  覚,千坂 洋巳,蜂須賀研二
産業医科大学リハビリテーション医学教室
稗田  寛
門司労災病院リハビリテーション科

(平成12年7月5日受付)

目的:我々は,脳卒中患者の職業前評価を目的に脳卒中後の簡易復職チェックリスト(SVI)を試作し実地臨床で応用してきた.これは,脳卒中後早期の段階で,麻痺・ADL・失行・職種の4要因で将来の復職確率を予想し,復職の成否を判別するものである.今回,SVIのスクリーニングテスト(ST)としての妥当性ならびに精度を検証した.
方法:SVI作成の根拠となった標本集団とは別の初発脳卒中患者集団51例(M病院リハビリ科入院リハ歴あり,発症時有職,平均年齢54歳,男:女=48:3)の復職成否を調査した.そして,実際の帰結とSVIによる予測判別の結果を比軟し,妥当性の評価として予測一致率,精度の評価として感度,特異度,的中率を算出した.
結果:復職率33%.予測一致率75%.感度59%,特異度82%,陽性反応的中率63%および陰性反応的中率80%と高く,SVIのSTとしての妥当性ならびに精度は高かった.
結論:SVIを他の標本集団に適用した場合に,その妥当性と精度の高さが証明された.臨床応用として,脳卒中患者の職業前評価に利用できる.
(日職災医誌,49:15─18,2001)
─キーワード─
脳卒中,職業前評価,予測
UP

当院における脊髄損傷の50年─疫学的考察─

豊永 敏宏,井手  睦,河津 隆三,大林 武治
九州労災病院リハビリテーション科,同 勤労者リハビリテーションセンター


(平成12年8月15日受付)

 開設50年を迎えた当院における脊髄損傷(非外傷性を含む)について,25年経過時点の赤津の報告にならい,過去50年間の損傷原因・損傷部位・発症年代などの疫学的考察を行った.1949年から1998年までに取り扱った脊損者は1,109例(再入院は除く判明分)で,これらを概観するとともに,1974年からの10年間は資料が散逸しているため,1959年~1973年(前期:381例)と1984年~1998年(後期:365例)の各々15年間につき損傷原因などを比較検討した.
結果:1)損傷原因は過去の落盤事故・下敷き・挟撃など労災事故に代わり,転落・転倒や交通事故など私病による事故が確実に増えている.2)特に交通事故による完全頚髄損傷と転倒による不全頚髄損傷が増加している.3)頚髄損傷(前期94例:後期231例)の損傷高位の比較から,高位化(重度化)の傾向は見られず,むしろ不全損傷が増加していた.一方,胸・腰髄損傷は後半明らかに減少しているものの,胸髄損傷(前期142例:後期89例)の高位比較では重度化の傾向がみられた.4)年代別比較では前・後半ともにピークをなす20代は後半やや減少傾向となり,代わって10代が増えていた.また60歳以上の高齢脊損者(特に頚髄中心性損傷)が後期に明らかに増加していた.
 以上より高齢化社会の到来など,社会の変遷とともに脊損者の発生に変化がみられ,今後この傾向がさらに強くなることが予想される.従って,特に若年者の高位完全頚損と高齢者の軽微な損傷による不全頚損への予防(例えば40歳~60歳の頚椎X線などの定期健康診断)を含めた治療および包括的リハビリテーション対策が大切となろう.
(日職災医誌,49:19─23,2001)
─キーワード─
脊髄損傷,疫学,リハビリテーション
UP

INTERNAL FIXATION FOR FEMORAL SHAFT FRACTURES AFTER HIP ARTHROPLASTY

Shuntaro Hanamura, Kenichi Ando and Takahiro Asai
Dept. of Orthop. Surg., Fujita Health Univ.

(Recived : August 29, 2000)

This paper reports on the treatment of a fractured femur with a special plate that can be used with both screws and cables to stabilize a fracture in the vicinity of the tip of the stem after total hip arthroplasty. The patient was an 82-year-old woman who had undergone right total hip arthroplasty 15 years previously. Since X-ray films showed a spiral fracture of the femur after a fall, we performed internal fixation with a Cable Ready cable plate for this fracture. Partial weight bearing was started from 8 weeks postoperatively. At 7 months, radiographs showed good bone union. Although an exchange of the stem to a longer one is applied for the femomal shaft fractures near the tip of a loose stem, no appropriate method of internal fixation has been available when the stem was not loose. Cable Ready cable plate and Dall-Miles plate have been developed to treat fractures without associated loosening of the stem, and these plates provide relatively good fixation. However, there is a problem to be resolved whether rotational stability of the proximal fragment was sufficiently obtained with the cables. Therefore further investigation will be needed for future patients.
(日職災医誌,49:24─27,2001)
─Key words─
femoral shaft fractures, after total hip arthroplasty, Cable Ready cable plate
人工股関節置換術後の大腿骨骨折に対する骨折合術

花村俊太朗,安藤 謙一,浅井 貴裕
藤田保健衛生大学整形外科
─キーワード─
大腿骨の幹部骨折,人工股関節置換術後,ケーブルレディーケーブルプレート
人工股関節置換術後のステム先端付近での大腿骨骨折に対しプレートを骨に固定する材料として螺子だけでなくケーブルも使用可能な特殊プレートが発売され,使用した.症例は82歳の女性で15年前に右THAが施行された.今回転倒して受傷し,X線像で斜骨折を認めCable-Ready cable plateを用いて手術を施行した.術後8週より部分荷重歩行を開始し,術後7カ月のX線像で骨癒合は良好である.Looseningのあるステム先端付近での骨折は,long stemによりrevisionの適応となるが,looseningが無い場合は適切な内固定材料がなかった.Dall-Miles plate and cable systemや本plateはlooseningの無い本骨折に対し開発された内固定材料であり,比較的良好な固定性が得られる.しかし中枢骨折の回旋固定性などの未解決な部分もあり,今後症例を重ねて検討する必要がある.
UP

国際災害医療救援活動におけるインマルサットを使用した
衛星情報通信システムの運用の可能性についての考察


山本 秀樹
岡山大学医学部公衆衛生学講座
中野 知治
岡山大学医学部第二外科学講座
沢田  寛
柵原病院
河原 研二
岡山大学歯学部歯科放射線講座
鎌田裕十朗
かまた医院
吉良 尚平
岡山大学医学部公衆衛生学講座

(平成12年10月27日受付)

目的:海外における災害救援時に,動画像をはじめとする大量の情報を送受信することが可能となる情報システムの運用の可能性について探るために情報通信実験を実施した.
方法:1998年11月29日カンボジア国におけるアンコールワット国際ハーフマラソンの実況中継をインマルサットB地上局と民生用のビデオカメラ,ノートパソコンによって動画および音声においてインターネット上で中継した.
結果:カンボジアから6,000キロメートル以上離れた日本国内においても,インターネット上でリアルタイムに動画像と音声を視聴することができ,その画質,音声共にマラソン中継の視聴として満足すべきものであった.
結論:海外における災害救援医療において高速度情報送信の可能な(64Kbps)インマルサットBを活用することによって動画像の送受信を含む大量のデータを高速に送信してインターネット上に配信することが可能であることが示された.今後,IT(information technology)の進展により衛星電話機の小型化・高性能化が進めばさらに実用化が進むことが予想される.
(日職災医誌,49:28─34,2001)
─キーワード─
インマルサット(衛星海事通信機構),遠隔医療,国際災害救援
UP

人間ドックにおける理学療法の評価

高橋  洋
関東労災病院リハビリテーション診療科

(平成12年9月14日受付)

 浜松労災病院では1泊2日の人間ドックの中で理学療法検査を実施している.
 内容は(1)軟部組織の異常や痛みを触診・問診で調べ,原因を分析してその対処法を指導する.(2)下肢・足部の異常を調べその原因,対処法を指導する.(3)健康・体力づくり事業財団の体力テストの実施の3項目である.
 対象は平成8年10月~平成11年7月までの受診者84名で,男性78名,女性7名である.
 年齢は32歳~73歳(平均51.7歳)であった.
 痛みは約半数のものにみられ,腰部,肩,頸部,上肢が多かった.下肢足部の検査で何らかの問題があった者は32名(37.6%)であった.関節可動域低下がいちばん多く外反母趾,下肢痛,偏平足,膝障害,鶏眼等の順であった.体力テストでは平衡性と柔軟性が年齢相応であり瞬発力,持久力,筋力,敏捷性は年齢より良い人が多く概して良好な体力結果であった.
(日職災医誌,49:35─38,2001)
─キーワード─
予防的理学療法,下肢障害,痛み
UP

じん肺健康管理区分決定の実態に関する全国調査

泊 利栄子,新津谷真人,相澤 好治
杉浦由美子,遠乗 秀樹,尾島 正幸
北里大学医学部衛生学・公衆衛生学

(平成12年9月14日受付)

 労働省の委託により平成6年度に全国47都道府県労働基準局にじん肺管理区分決定申請をした人を対象にして,じん肺管理区分実態調査を実施した.労働基準局から集められたじん肺健康診断結果証明書の写しは24,548枚であり,その中24,276枚を解析対象として,統計的検討を行った.
 管理区分の構成は,管理2が76.4%をしめて最も多く,次いで管理3イ,管理1,管理3ロ,管理4の順だった.管理2は,ほとんどすべての年齢階層および粉じん作業で最も多かった. 管理4は対象者の1.8%(436人)であり,39歳以下の年齢階層では認められなかったが,70歳以上の年齢階層では15%以上をしめていた.粉じん作業別に見ると,坑内作業で管理4の比率が最も多く,次いで石工,石綿の順だった.
 管理4の決定理由では,著しい肺機能障害を呈した者が68.3%をしめ,じん肺エックス線写真像の型がPR4Cだった者より多かった.年齢階層別に見ると,どの年齢階層においても著しい肺機能障害を呈した者が多かったが,特に70歳以上の年齢階層では80%近い割合だった.
 合併症に罹患していると認定された者は710人で,続発性気管支炎が77.4%をしめた.
(日職災医誌,49:39─46,2001)
─キーワード─
じん肺,管理区分
UP

腎損傷剖検例の検討

木戸 雅人,一杉 正仁,高津 光洋
東京慈恵会医科大学法医学講座

(平成12年9月18日受付)

 平成3年から12年までの10年間に東京慈恵会医科大学法医学講座で行われた法医解剖1,350例のうち,腎損傷が認められた17例,20腎を対象に死因,生存期間,受傷機転,合併損傷,解剖学的重症度などについて検討した.
 対象例の年齢分布は,10~78歳(平均年齢は37.9±20.0歳)であった.受傷後の平均生存時間は4.5±7.9時間であり,約65%は受傷後3時間以内に死亡していた.受傷機転では,交通事故が13例(76%),転落および殴打が各2例(12%)であった.死因別分布では,胸腹腔内臓器損傷が7例(41%)と最も多く,以下出血性ショックが6例(35%),外傷性ショックおよび頭蓋内損傷が各2例(12%)であった.外力の方向は,損傷腎側の胸腹部側方あるいは直後方からであった.腎損傷分類別分布ではII型が15例(75%)と最も多く,以下IIIa型が2例(10%),Ib型,IIIc型,IVb型がそれぞれ1例ずつ(5%)であった.腹部主要臓器の合併損傷では,右腎損傷例の81.8%に肝損傷を,左腎損傷例の55.6%に脾損傷を合併していた.重症度評価では,全例の平均ISSは55.2±17.8であり,多発外傷例ではISSが著しく高値を示す傾向がみられた.
 強力な外力が作用しても腎損傷は比較的軽度であること,対象例の多くが他臓器の重症損傷を合併していることなどから,腎損傷例では十分な包括的治療が必要と思われる.
(日職災医誌 49:47─51,2001)
─キーワード─
腎損傷,剖検,重症度
UP

脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の手術成績と職場復帰

山根 冠児,島   健,西田 正博,畠山 尚志
山中 千恵,石野 真輔,辻上 周治,石之神小織
辻上 智史,山本 修三,豊田 章宏,平松和嗣久
中国労災病院,脳循環器センター脳神経外科,リハビリテーションセンター

(平成12年10月3日受付)

目的:クモ膜下出血手術例の治療成績と退院後の職場復帰状況の調査を行い,職場復帰における問題点を検討した.
対象と方法:クモ膜下出血241例を対象とした.平均年齢は62歳,男性89,女性152.脳動脈瘤の部位は,前交通動脈瘤が81例,内頸動脈系69例,中大脳動脈瘤66例,椎骨脳底動脈系13例,その他12例.調査項目は,入院時のHunt & Hessによるgrading,退院時のGlasgow outcome scale(GOS)と,GOSがgood recovery(GR),mild disability(MD),severe disability(SD)であった症例にアンケート調査を行い,入院時の職種と退院後の職場復帰状況を調べた.
結果:入院時のgrade I~III(Hunt & Hess)の症例では80%以上がGOS良好例(GR+MD)であったが,grade IV以下で急激にGOSが不良になっていた.職場復帰率は退院時GOSがGRであった症例で76%,MDで53%,SDで14%で,GOSに依存していた.GOSが良好にもかかわらず復帰できなかった症例では,高次脳機能障害や,体調不良,自信がないなどの自覚的障害が多かった.動脈瘤の部位と職場復帰には有意な関係はなかった.主婦では81%が復帰していたが,勤労者全体では復帰率は56%であった.事務系では職場復帰率は67%と比較的高かったが,技術系で職場復帰率が悪かった.
結論:今回の検討から退院時のGOSが良好であれば職場復帰する可能性が高いことが示された.しかし,患者自身の疲れ,自信の消失,高次脳機能障害など障害はGOSに反映しないためにGOSによる評価と職場復帰率の間に大きな差が生じたと考えられた.職種により同じGOSでも職場復帰率に差があり,技術系の勤労者の復帰率が悪かった.職場復帰率を高めるには,動脈瘤が未破裂の状態の時に治療を行う必要があると考えられる.
(日職災医誌,49:52─56,2001)
─キーワード─
クモ膜下出血,脳動脈瘤,職場復帰
UP

勤労者の心疾患の臨床的特徴
─急性冠症候群研究会(OACIS)データから急性心筋梗塞症における解析─

南都 伸介1),永田 正毅1),山田 義夫2),堀  正二2)
大阪冠症候群研究会(OACIS),1)関西労災病院,2)大阪労災病院,3)大阪大学病態情報内科学

(平成12年12月8日受付)

 大阪大学病態情報内科学を中心とした急性冠症候群研究会(OACIS)に登録された急性心筋梗塞の資料から勤労者における本疾患の特徴を検討した.
 登録症例でかつ解析のためのデータを使用可能であった症例は,1,244例であり,この内の有職者630例中アンケート調査に承諾され,かつ退院後6カ月の復職状況を調査し得た症例は,516例であった.
 全1,244例中,有職者は630例と約半数を占めた.有職者では男性が全体の60.3%を占め,低年齢者が多く認められた.有職者では,無職者より心不全の合併は低値であり院内死亡率は3.3%と無職者に比し低値を示した.復職者は,341例で全体の66%であった.復職率は男性で,60歳以下の症例で良好であった.非復職者では高率に鬱を認めた.復職者は非復職者より有意にA型性格を示し,多変量解析でも復職を規定する因子は,A型性格と年齢のみであった.
(日職災医誌,49:57─60,2001)
─キーワード─
勤労者,急性心筋梗塞,復職,A型性格
UP

昭和大学眼科における眼外傷の検討(平成10年)

江口 一之,小出 良平
昭和大学医学部眼科学教室

(平成12年11月15日受付)

目的:眼外傷は救急受診率が高く,日常生活を営むうえで避けられないものである.これら眼外傷の傾向を知るため,外傷症例について検討し考察を行った.
対象・方法:平成10年1月1日から12月31日までの1年間に昭和大学病院眼科を受診した眼外傷患者188例195眼を対象として,これら症例の性別,年齢,受傷時期,受傷原因,傷病名,治療状況,視力予後について検討した.
結果:男女比は2.24:1で,年齢では男女とも20歳代が最も多かった.受傷時期では12月が最も多く,原因では不慮の事故が81眼(42%),喧嘩43眼(22%),スポーツ37眼(19%),交通事故23眼(12%)であった.症例では眼窩底骨折が55眼と一番多く,次いで眼打撲53眼であった.視力0.1以下の予後不良例は5眼あり,視神経損傷や強角膜裂傷にみられた.
結論:治療を要した例は全症例の67%であったが,90%以上に視力の回復がみられ予後良好であった.しかしながら初診時視力が不良な症例や受傷から時間が経っている症例ほど視力の改善が困難であると思われた.
(日職災医誌,49:61─64,2001)
─キーワード─
眼外傷,患者統計
UP

肢切断後の就労

渡邉 哲郎1),井手  睦2),大林 武治3)
豊永 敏宏3),溝上 哲也4)
1)愛媛労災病院リハビリテーション科,2)産業医科大学リハビリテーション医学講座, 3)九州労災病院勤労者リハビリテーションセンター,4)産業医科大学産業生態科学研究所臨床疫学教室

(平成12年11月10日受付)

肢切断者は若年で障害者となる者が多く,肢切断が勤労生活に少なからず影響すると考えられる.九州労災病院勤労者リハビリテーションセンターに関わった20歳以上65歳以下の肢切断者を対象に,自記式郵送法により肢切断が就労に及ぼす影響について検討した.82.9%にあたる102名から解析に有効な回答が得られた.?肢切断後の復職率は79.5%であった?切断時年齢・性別・切断前の職種・切断前職場の規模において切断後の就労率に有意差を認めた?切断術後の就労までの期間が短い者ほど勤労生活への高い満足度を示した.切断後に職業訓練を受けた者は低率であり,入院期間とともに切断者のリハビリテーションプログラムの再構築に際して考慮すべき要因であると思われる.
(日職災医誌,49:65─68,2001)
─キーワード─
肢切断,リハビリテーション,就労
UP

症 例
口腔領域の異常感覚

小西 博行,辻本  浩
関西労災病院 精神科

(平成12年7月31日受付)

口腔領域の異常感覚を主訴とする自験例11症例を報告した.11症例はすべて他科からの紹介で,主として口腔外科,内科,耳鼻咽喉科,そして形成外科であった.11症例を慣用的診断にあてはめると,セネストパチー(3例),うつ病・抑うつ状態(8例)に診断分類することができた.うつ病・抑うつ状態が大多数を占めていたことから,口腔領域の異常感覚には,うつ病・抑うつ状態が合併しやすいことに注意が必要である.
(日職災医誌,49:69─72,2001)
─キーワード─
口腔神経症,セネストパチー,うつ病,歯科心身症
UP

術後に生じた肺塞栓症の2例

西田 茂喜,安藤  正,高見  博,高橋 定雄
関東労災病院整形外科

(平成12年6月5日受付)

 今回我々は,術後生じた致死的肺塞栓症を2例経験した.
 症例1は,71歳女性であり,変形性股関節症にて,右H/G型人工股関節置換術を施行した.術後9日目にて,サークル歩行を開始,自分でトイレに行った後,気分不良があり,胸部不快感,および胸痛を訴えた.血圧低下があり,患肢挙上,酸素投与を開始したが,約5分後には呼吸停止,心停止していた.直ちに心肺蘇生を開始,心電図,胸部X線では心筋梗塞は認められず,2日後に肺血流シンチグラフィーを施行し,両肺野に取り込みの欠損が認められ肺塞栓症と診断した.救命はできたが,無酸素脳症による,パーキンソニズムが残った.
 症例2は,82歳女性であり,右大腿骨頸部骨折を受傷し,観血的整復固定術を施行した.術後9日目より車イスに乗車し,術後19日目の夕方5時頃より急に気分不良あり,胸痛を訴えた.血圧が,2,3分で急速に低下し,呼吸停止,心停止となった.直ちに心肺蘇生を行い,循環呼吸管理とした.2日後に肺血流シンチグラフィーを施行し,両肺野の欠損を認め,肺塞栓症と診断した.ウロキナーゼ24万単位を開始したが,その後も循環動態は安定せず,翌日,死亡した.
 高齢者の下肢手術合併症として,肺塞栓症の発生頻度は欧米では非常に高く,欧米での報告が多かったが,近年本邦でも肺塞栓症は下肢手術後の重篤な合併症として,報告例が増えている.しかし,まだその治療については難渋する例が多い.治療については,まず第一に,心肺蘇生を含む循環管理であり,肺血流シンチグラフィーが有用である.治療については,血栓溶解療法と抗凝固療法があり,迅速さが要求される.
(日職災医誌,49:73─76,2001)
─キーワード─
深部静脈血栓症,肺塞栓,股関節手術
UP

Locked-in症候群のリハビリテーション

吉村  理1),前島  洋1),小林 隆司1)
峯松  亮1),佐々木久登1),田中 幸子1)
金村 尚彦1),白浜 勲二1),高柳 清美2)
中元 純子3)
広島大学医学部保健学科1),札幌医科大学保健医療学部2),広島県立リハビリテーションセンター3)

(平成12年6月19日受付)

Plumらは,意識が清明でありながら垂直眼球運動と瞬目以外の随意運動が完全に障害され,剖検で両側橋底部に梗塞が認められた症例を,Locked-in(閉じ込め)症候群として報告した.Locked-in症候群で,まばたきによるモールス信号を使ってコミュニケーションを行った報告があるが,近年重度障害者にたいする医用工学の発達によりパソコンを用いてコミュニケーションする方法が広まってきた.パソコンを用いることによりQOLの向上をはかり,在宅生活するLocked-in症候群の例を紹介する.49歳,男性.ほぼ完全四肢麻痺,動眼神経・滑車神経以外の脳神経麻痺を認め,垂直眼球運動・右眼瞼の開閉が可能で,頸の右方向への回旋がわずかに可能である.パソコン,文字入力補助機能ソフト,光ファイバースイッチでインターネットも楽しめるようになり,コミュニケーション範囲が拡大しQOL向上に役立った.
(日職災医誌,49:77─80,2001)
─キーワード─
閉じ込め症候群,コミュニケーション,パソコン
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介護労働者に発生した半月板損傷の1例

舟越 光彦1),田村 昭彦1),垰田 和史2),西山 勝夫2)
1)九州社会医学研究所,2)滋賀医科大学予防医学教室

(平成12年7月6日受付)

 我々は介護動作中に半月板損傷を発症した55歳女性の症例を経験した.発症時の状況は,施設入所者の移乗介助の際に,突然に右膝の激痛が出現した.発生時の動作から介護動作に起因する業務上疾病と考えられ,労災申請を行い1998年8月に認定された.
 高齢化の進行に対応して,要介護者の介護にあたる者の数は増加している.特に,安全衛生教育を受ける機会の乏しいケアワーカーやボランティア,要介護者の家族も介護に従事する機会が急増している.しかも,こうした介護者は中高年者が多く,加齢による半月板変性のため発症のリスクも高い.介護作業時の半月板損傷の発症の予防のために,労働衛生学的対策の実施が必要であると考えられた.
(日職災医誌,49:81─84,2001)
─キーワード─
介護労働,半月板損傷,労働衛生管理
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脳梗塞後に発症した血管新生緑内障の1例

大野 重雄,古澤 一成,平井 正才
濱浪 一則,大野 素子,徳弘 昭博
吉備高原医療リハビリテーションセンター

(平成12年8月11日受付)

今回我々は脳梗塞後の右片麻痺,失語症患者のリハビリ経過中に左内頸動脈閉塞症による左血管新生緑内障を発症した症例を経験したのでここに報告する.症例は66歳男性.脳梗塞を発症し右片麻痺と失語症を認めた.脳血管撮影にて左内頸動脈は頸部で完全閉塞していた.発症から3カ月後にリハビリ目的にて当院入院.右Brunnstrom stageは上肢I手指I下肢III.重度の失語症(SLTA 0点)を認めた.発症6カ月後,左眼の違和感を訴え,その後急速な視力低下,眼痛が出現,血管新生緑内障を発症した.眼圧コントロールを開始するも視力は光覚弁となり,視力の改善は困難であった.眼痛軽減後,転倒防止を含めた指導,家屋改造指導を行い自宅退院となった.本症例は内頸動脈閉塞症により血管新生緑内障を発症したと考えられた.さらに,失語症の存在は症状把握を困難とする為,眼症状を定期的に検査しischemic oculopathyを予防していくことが重要であると考えられた.
(日職災医誌,49:85─88,2001)
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