2001年 第5号

 

日本職業・災害医学会会誌  第49巻 第5号

Japanese Journal of Occupational Medicine and Traumatology
Vol.49 No.5 September 2001




巻頭言
いま勤労者医療に求められるもの―福島労災病院の事例を中心として―

特別講演
サリン中毒─被災者の神経,精神,行動障害をめぐって
教育講演
広範囲軟部組織の欠損・瘢痕を伴う下肢遷延治癒の治療

シンポジウム
司会のことば
災害とPTSD(心的外傷後ストレス障害)
人質テロ事件とトラウマ反応
業務上精神疾患とPTSD
裁判におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)─交通事故訴訟を中心として─

原 著
習慣性いびき患者に対する自宅パルスオキシメトリーによる
 睡眠呼吸障害のスクリーニング
転倒用ダミーを用いたヒッププロテクターの評価
髄内釘を用いた大腿骨転子下骨折の治療経験
降圧治療の心理,行動特性に及ぼす影響
めまい発症にかかわるストレスの要因
ノート型パソコンの労働衛生管理について
振動障害患者の血管と神経障害の15年間のfollow-up
長期学校給食従事者の健診─頸肩腕痛・腰痛について─
頸椎外傷にともなう椎骨動脈損傷の発生要因
びまん性脳軸索損傷の後遺症と転帰
手関節TFCCに対する鏡視下手術
下肢に発生した外傷後MRSA深部感染症の治療経験
 ─骨欠損部における再建法を中心に─
諸外国における筋電義手の公的支援制度─e-mailによるアンケート調査の結果─
スポーツと眼外傷
鎖骨遠位端外傷に対するWolter Clavicular Plate の使用経験
心原性脳塞栓症の発症時間および発症時の行動について
脳動脈瘤再発からみたクリッピング術後の長期follow up

症 例
「腕立て伏せ」運動後,著明な血清Creatine Phosphokinaseの上昇を来した2例
頚椎骨折に伴った外傷性椎骨動脈動静脈瘻の1例


巻頭言
いま勤労者医療に求められるもの
―福島労災病院の事例を中心として―


松代  隆
福島労災病院長

 いつの世においても時代のニーズを的確にとらえ,これに対応していくことはその存在価値を高めるための絶対条件となる.このような観点から労災病院における勤労者医療を考える時,働く人の現場においては従来型の労働災害が著しく減少した反面,産業中毒や廃棄物処理におけるダイオキシン発生の人体への影響などが大きな社会問題となっている.これらの問題解決に寄与することは勤労者医療には欠かせないものであるが,反面これらはある意味では人為的産物であり,人間の良識や技術の進歩による解決を第一に図るべきであろう.これに反し,職場環境の複雑化と関連したメンタルヘルス,食生活や生活環境に関連して発生する生活習慣病患者の急増,労働に伴う腰痛,働く女性の心と体の健康管理などは勤労者医療にとっての大きな課題になってきた.同時にこれらの疾患の多くは現代病ともいえるものであり,勤労者に限らず広く社会的問題となっているのが現状である.勤労者医療の目的は働く人の健康管理とリハビリテーションの実施である.わが国における人口の中で多くを占める勤労者に対するこれら疾患に関する予防意識の啓蒙は,日本の現状として各家庭に最低一人の勤労者がいることを考えれば,現代病に対する予防効果は絶大なものとなるはずである.このような観点から考えると労働福祉事業団が各労災病院に勤労者 心の電話健康相談,勤労者メンタルヘルスセンター,勤労女性メディカルセンターなどの開設につづいて勤労者予防医療部の設置を企画したことはまさに時代のニーズに合致するものであり,大いに意義のあることと言えよう.わが福島労災病院でも平成11年12月より「勤労者心の電話健康相談」を開設したが,平成13年5月までの1年6カ月の間に寄せられた電話相談は383件に及ぶ.これら383件のうち女性からの相談が73%と圧倒的に多く,勤労女性メディカルセンター設置の必要性を支持する結果と考えられた.相談された方々の年代には特徴はみられなかったが,一般職が多く管理職は少なかった.相談内容は人間関係を基盤にしたものが多く,現代人の精神力の弱さを反映しているとも考えられた.また,うつ病や神経症を疑わせる内容のものや自殺念慮が少なからずみられたことは勤労者に対するメンタルヘルスの重要性を示唆するものであった.これらの結果については第49回日本職業・災害医学会学術大会(大阪)で発表する予定である.
  福島労災病院のある“いわき市”は福島県の浜通り南端にある人口30万を超える工業都市である.企業の数と規模をみると従業員300人以上の大企業が28,中小企業が388であるが,従業員が50人以下の小規模事業所が4,945と大多数を占めている.従って,これら小規模事業所で働く従業員に対するいわゆる現代病の予防医学を中心とした対策が重要となる.このためには地元医師会に委託された地域産業保健センター(地域産保センター)との連携が必要となる.これに関しては当院の医師の多くは地域産保センターの登録医であり積極的に地域産保センターの活動を支援している.実際には地域産保センター主催の種々の講演会には当院の医師の多くが講師等で参画している.その他,地域産保センター主催による当院外来を用いての当院職員による「働く人のための土曜日の午後の【無料】健康相談」を開設している.毎月1回の開催であるが,盛況をきわめている.第1回は平成11年5月15日(午後2時~4時)に行われた.内容は渡辺産婦人科部長による「働く女性の健康管理,更年期障害,産科と婦人科」,井上整形外科第2部長による「働く人の腰痛,肩や頸の痛み,手足のしびれ,骨粗鬆症」を主題にその他健康相談とし,看護婦や事務職員も協力しての開催であった.来院相談者は62名であった.この健康相談は同じ形式で現在も続いており,常に70名前後の相談者があり盛況をきわめている.この健康相談の開設にあたっては,当院心療内科桃生部長(産業保健部長兼任)の努力もさることながら,いわき市の各地区商工会の絶大なる協力によるものであったことも挙げねばならない.地区商工会では毎回開催日時や担当医師の専門外来名なども記載したチラシを作成し,会員に配布してくれている.一方,このことにより当院とこれらの事業所の方々との親近感が深まり,異常を指摘された方々の殆どが当院を受診してくれていることは嬉しいかぎりである.
  この結果をふまえて,当院では勤労者のみを対象とした休日の特殊外来を検討しているが,その計画立案に先立ち,いわき市の企業で働く人々にこの休日外来に対し,どのようなことを希望するかについてのアンケート調査を行った.回答者は296名で土曜日の開設を希望し,しかも,できるだけ早期の実現を希望していた.休日の特殊外来の内容については糖尿病や高脂血症を中心とした生活習慣病外来と腰痛,スポーツ障害や関節痛などを中心とした整形外科外来を希望する人が圧倒的に多かった.この2つの事項はすでに多くの労災病院で勤務者医療の一環として実施しているものであった.近い将来,該当科医師,看護婦,コメディカル部門の協力を得て,月1回の割合で土曜日「休日勤務者のための特殊外来」をもオープンさせる予定である.
  いま1つ,福島労災病院の特殊事情は近接している大熊町と楢葉町に東京電力の福島第1・2原子力発電所が建設されていることである.そこで,東京電力の要請により会社との放射性物質の付着を伴う傷病者受け入れに関する覚書を締結させる予定である.さらに当院と会社の協同であらゆる場面を想定した勉強会や合同訓練を予定している.
  このように考えてくると勤労者医療は,その地域に密着した医療であるべきこと,さらには勤労者がいつでも適切な医療を受けられること,このためには24時間体制の医療,休日診療,救急診療を充実させることが重要となる.そして一方では地域産保センターと連携して勤労者の疾病に対する知識の啓蒙などを通じて予防医学を実践することであろう.当院の理念の1つに「働く人の健康管理とリハビリテーションの実施」を掲げたが,このことを通じて地域住民が労災病院に対する認識を高めていただければと考えている.
UP

特別講演
サリン中毒─被災者の神経,精神,行動障害をめぐって

横山 和仁
東京大学医学系研究科・医学部公衆衛生学教室

(平成13年4月26日受付)


目的:1995年3月20日午前8時頃,都内の地下鉄千代田,日比谷および丸の内線の車内でサリンが散布され,約5,500名が被災した.被災者は周辺の医療機関で治療を受け多くは臨床的に後遺症がなく治癒したとされている.本研究では,非顕性の神経行動障害がこれらの被災者に存在するか否かを検討した.【対象と方法】事件当日に聖路加病院で治療を受けたサリン中毒患者18人(男女各9人).年齢は19~58(平均31)歳.事件当日の血清コリンエステラーゼは13~131(平均72.1)IUであった.これらの患者に対して,事件6~8カ月後に,神経行動テスト,心的外傷後ストレス障害(PTSD)チェックリスト,大脳誘発電位(事象関連電位,視覚および聴覚誘発電位)測定および重心動揺検査を実施した.
結果:患者群では,符号問題の得点が対照群より有意に低く,General Health Questionnaire,気分プロフィール検査(疲労感)およびPTSD得点が有意に高かった.同じく,事象関連電位(P300)潜時および視覚誘発電位(P100)潜時が有意に遅延していた.さらに,重心動揺検査で,女性に,開眼時の低周波性(0-1Hz)動揺および面積の有意な増加がみられた.開眼時の重心動揺増加は事件当日の血清コリンエステラーゼ値と有意な相関があった.
考察:東京地下鉄サリン事件の被災者に高次中枢(精神運動,認知機能)および前庭小脳に対するサリンの慢性(長期)かつ非顕性の影響とPTSDに関連した精神症状の持続することが示唆された.今後も疫学調査(追跡研究)が必要と考えられた.
(日職災医誌,49:415─421,2001)
─キーワード─
サリン,神経行動障害,心的外傷後ストレス障害(PTSD)
UP

教育講演
広範囲軟部組織の欠損・瘢痕を伴う下肢遷延治癒の治療

鳥居 修平
名古屋大学形成外科

(平成12年1月11日受付)


広範囲の軟部組織損傷を伴った開放骨折が,初期治療の後,慢性骨髄炎,偽関節,慢性潰瘍を生じることはまれではない.広範囲の軟部組織損傷を伴った開放骨折に対しては初期治療より整形外科医と形成外科医とのチーム医療が必須であり,Gastiloの重傷度が高くなるにつれて皮弁の使用も多くなる.慢性骨髄炎,偽関節,慢性潰瘍などの遷延治癒の原因には,感染,不十分な固定,血行不全,組織不足などがあげられるが,形成外科の立場からは血行不全と組織不足が大きな原因と考える.したがって治療の基本方針はvascularized tissueによる病変部,瘢痕部,あるいは欠損部の十分な置換であると考える.そのためには植皮では不適当であり,血行が豊富な有茎皮弁あるいは遊離皮弁が良い適応となる.有茎皮弁として腓腹筋皮弁,distally-based sural flap, peroneal flapなどが利用される.遊離皮弁としてはさまざまな皮弁が選択できるが,大網は長い血管茎を有し,血行が豊富で,可塑性があるというユニークな特徴を有しており,慢性骨髄炎の再発予防,bridge flapとして下肢の再建における選択肢の1つとして大変有用であると考える.
(日職災医誌,49:422─426,2001)
─キーワード─
皮弁,遷延治癒,大網
UP

司会のことば
シンポジウム2
災害とPTSD(心的外傷後ストレス障害)

黒木 宣夫
東邦大学医学部付属佐倉病院精神神経科

 わが国では阪神大震災,地下鉄サリン事件を契機にPTSD(外傷後ストレス障害)という言葉が,社会的にも取り上げられ注目を浴びるようになった.平成10年6月8日にわが国で始めてPTSDの診断名で損害賠償が横浜地裁において確定した事案があるが,その事案の診断に関しては,専門家,特に法曹界で大きな議論となり,PTSD診断の在り方が大きな問題となった.最近では民事訴訟で途中からPTSDという診断名のもとに,損害賠償の訴訟の請求拡大が行われたり,刑事事件として被害者がPTSD診断を受け,そのために加害者が暴行罪からより重い傷害罪へと罪状が切り換えられる事案がでてきており,PTSD診断を巡る賠償・補償問題は,今や大きな社会問題となりつつある.米国では,戦争という社会的影響を背景にその診断概念は変遷を重ねてきた.しかしわが国ではPTSDの病態自体は外傷性神経症,戦争神経症,災害神経症という名称で呼ばれていたものと同一であるという報告もみられているが,本シンポジウムを企画した者としては疑問を抱かざるを得ない.確かに災害が発生した際にPTSDを予防するためにPTSD診断名が使用されることは,予防医学的見地から非常に重要であることは論をまたないが,容易にPTSDという診断名を使うべきではないとの意見も法曹界,ならびに精神科医からも上がっており,損害賠償の基本理念である損害の公平の分担という観点に立って再度PTSD診断を見直すべく今回のシンポジウムを企画した.金吉晴先生には「人質事件とトラウマ反応」でPTSD発症の基本的問題について,飛鳥井望先生には「サリン事件にみる災害救護者の職務トラウマ」で職業に関連したトラウマについて,小生は「業務上精神疾患とPTSD」で今まで過去に労災として認められた精神疾患としてのPTSDに関して,最後に杉田先生には「損害賠償におけるPTSD」でPTSD診断が損害賠償において使われている現状と問題点に関して講演して頂き,補償という観点からPTSD診断に関して議論を深めた.
UP

人質テロ事件とトラウマ反応

金  吉晴
国立精神・神経センター精神保健研究所 成人精神保健部 室長

(平成13年2月22日受付)

米国におけるベトナム戦争帰還兵士のケアなどを通じて,外傷後ストレス障害の診断が形成され,心的外傷における心理的な後遺症が注目されるようになった.そうした外傷体験の一つに,人質事件がある.特に最近,海外の日系企業社員を対象とした人質事件が,ペルーとキルギスにおいて連続して発生した.同種事件におけるメンタルヘルスの重要性が認識され,政府医療団の一員として筆者を含む精神科医が現地派遣された.人質事件では事件開始時の襲撃と,事件中の持続的な恐怖という二重の外傷体験が見られる.人質の心理状態は一般に段階的に変化されるとされ,第一に混乱と現実否認,第二に現実受容と諦め,第三に対処行動,第四に人質と犯人双方の疲労による混乱が見られる.また解放後の社会適応の問題が生じることもあり,その際に日本社会で問題となるのは恥の感覚である.過剰な報道はこの意識を強めることがある.日本では例がないが,世界ではストックホルム症候群が報告されている.これは極限状況で犯人と運命を共にすることによって,人質から犯人への愛着が生まれ,それが解放後も持続するというものである.この現象には倫理,思想的な問題が交錯するが,異常な状況下での愛着形成とその固着が背景にあることを考えると,精神医学的な問題であると思われる.人質の支援のためには家族支援と,職務との絆を保つことが重要であり,解放後の復職の保証などは有効である.
(日職災日誌,49:428─432,2001)
─キーワード─
hostage, trauma, PTSD
UP

業務上精神疾患とPTSD

黒木 宣夫
東邦大学佐倉病院精神科

(平成13年4月8日受付)


労働省労働基準局補償課職業病認定対策室は平成11年9月14日に「心理的負荷による精神障害等に係わる業務上外の判断指針について」を発表し,前認定指針を大きく変更し,全ての精神障害(ICD-10のF0~F9)が認定の対象となった.そして,最近では自殺の事案だけでなく,業務ストレスが蓄積された結果,あるいは急激な業務ストレスに晒された結果,精神疾患に罹患した事例まで,労災認定の対象となりつつある.旧認定の心因性精神障害の労災認定に関する留意事項では,内因性精神障害は最初から除外されていた.すなわち,業務上の心的ストレスに起因した精神疾患が認められるには,業務以外の心的ストレスが存在しないこと,精神疾患を引き起こす固体側の要因が存在しないこと,ならびに精神疾患を引き起こすに十分強度の業務ストレスが存在することが条件であった.しかし,今回の認定指針では心的負荷表を用いてストレス強度を強,中,弱と三段階に分類し,業務ストレスが強に修正される場合に初めて業務上となるようにチャート式に判断が進められる.この負荷表を用いるとPTSDを起こすに足る業務上ストレス強度は強ということになるが,演者は,過去にPTSDとして労災申請された6事案を呈示し,精神医学的立場から業務に起因した心的外傷(トラウマ)をどう捉えていくのか,さらに業務上PTSDの認定に関して若干の考察を加えたい.
(日職災医誌,49:433─438,2001)
─キーワード─
トラウマ,労災補償,PTSD
UP

裁判におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)
─交通事故訴訟を中心として─


杉田 雅彦
弁護士

(平成12年11月27日受付)


(日職災医誌,49:439─446,2001)
─キーワード─
交通事故,損害賠償請求訴訟,PTSD
UP

原 著
習慣性いびき患者に対する自宅パルスオキシメトリーによる
睡眠呼吸障害のスクリーニング


前田 均,細見 慶和**,姜 臣鎬**
木下 幸栄**,堂本 康治**,稲本 真也**
大西 一男**,小田 二三雄***,頼 裕子***
神戸労災病院呼吸器内科,同 耳鼻咽喉科,同 内科**,同 検査科(生理検査)***

(平成13年5月17日受付)

 睡眠呼吸障害では睡眠時に生じる低酸素血症と睡眠の断片化による昼間の過眠をとらえることが重要である.今回は当院耳鼻咽喉科あるいは呼吸器内科を受診した習慣性いびき患者を対象に,メモリー機能付きパルスオキシメーター,昼間の過眠はEpworth sleepiness scale(ESS)を用い,習慣性いびき患者の睡眠呼吸障害を検討した.
対象と方法:肉眼的に咽喉頭の狭小化を示す習慣性いびきで耳鼻咽喉科へ受診した者,および夜間の無呼吸を家族に指摘され耳鼻咽喉科あるいは呼吸器内科を受診した患者を対象にした.酸素モニターはメモリー付き携帯型パルスオキシメーターを用い,睡眠呼吸障害の指標には,睡眠中1時間当たりに酸素飽和度が3%あるいは4%低下した回数(ODI-3,ODI-4),睡眠中の最低酸素飽和度(Lowest SpO2),および酸素飽和度・睡眠累積時間関係(percentage of time spent below 90%)を用いた.昼間過眠の評価にはESSを改変したESS pointを用いた.
結果:対象患者は58名(男37,女21名)で,年齢は平均62.2歳,BMIは平均25.33と肥満傾向を示した.昼間過眠の指標であるESS pointは平均31.2%であった.ODI-3≧15の者が16名(27.6%),またODI-3≧20の者が12名(20.7%)いた.ODI-3≧15の群とODI-3<15の群を比較すると,BMI,ESS pointには有意差がなかったが,ODI-3の程度および頻度は強く,睡眠中の最低SpO2も低く,著明な睡眠呼吸障害を示していた者が多く認められた.
結論:習慣性いびき患者に対する自宅パルスオキンシメーターによる睡眠呼吸障害の検討では,重症の睡眠時無呼吸症候群が疑われる患者も検出され,睡眠呼吸障害のスクリーニングとして簡便かつ有用であった.
(日職災医誌,49:447─450,2001)
─キーワード─
習慣性いびき,睡眠呼吸障害,パルスオキシメトリー,睡眠時無呼吸症候群
UP

転倒用ダミーを用いたヒッププロテクターの評価

小山 憲路1),元田 英一1),豊永 敏宏2)
労災リハビリテーション工学センター1),九州労災病院・リハビリテーション科2)

(平成13年2月28日受付)

 高齢者の骨折は,屋内外で発生する転倒事故で生じることが多い.大腿骨頸部骨折に関する調査報告によると屋内での骨折が全体の2/3を占め,立った高さからの転倒が70%であった.近年,転倒時の衝撃を転減するために各種の下着(ヒッププロテクター)が市販されている.我々は,複数のヒッププロテクターの効果について検討するため,転倒用のダミーモデルと転倒シミュレーション装置を開発した.このダミーモデルは合成樹脂製のモデルで,衝撃の耐久性を向上させるため表面を軟質ウレタン,四肢全体をポリウレタン樹脂などでモールドし,質量や重心が四肢部の物性値になるように加工を行った.転倒シミュレーション装置は,立位姿勢のダミーモデルの膝後部を振子式の錘りで打撃し,大転子に衝撃が加わるようにダミーにひねりを加えて転倒させる特徴がある.
 そこで,市販の3種類のヒッププロテクターをダミーに装着し,この装着による転倒試験を行った.転倒時に発生する衝撃力は,股関節部のプレートに設置された3軸加速度計を用いて導出し処理を行った.この結果,一次衝撃波形の衝撃エネルギー(衝撃波形の積分領域)および衝撃力の作用時間を比較すると,プロテクターBは非装着,プロテクターA,Cに比べて有意(p<0.05)に衝撃力が低下した.さらに衝撃力の作用時間も延長し,衝撃力の軽減に影響していることが示唆された.
(日職災医誌,49:451─455,2001)
─キーワード─
大腿骨頸部骨折,衝撃力,転倒シミュレーション
UP

髄内釘を用いた大腿骨転子下骨折の治療経験

石田 直樹,斉田 通則,木村 長三,飯田 尚裕
釧路労災病院整形外科

(平成13年4月20日受付)


目的:大腿骨転子下骨折9例に対し,閉鎖式髄内釘を用いて治療し,その成績について調査・検討した.
対象と方法:平成10年4月から12年5月までに,髄内釘を用いて治療した大腿骨転子下骨折10例のうち,病的骨折1例を除く9例を対象とした.性別は男性2例,女性7例,年齢は52歳から86歳,平均72.7歳であった.受傷側は右5例,左4例,受傷原因は転倒6例,転落3例であった.経過観察期間は6カ月から21カ月で,平均13.6カ月であった.Seinsheimer & Bergman分類では,Type 2Aが1例,2Cが3例,3Aが5例であった.術前に脛骨粗面部より直達牽引を行った.術中体位は牽引台上に仰臥位として,患肢を牽引・内転位とし,体幹をしっかりと支持した.1例のみ股および膝関節の拘縮著明にて,牽引台を用いずに側臥位で行った.後療法は原則として,術後翌日より車椅子可とし,術後2週より部分荷重開始,4~5週で全荷重とした.
結果:8例で順調に骨癒合を獲得したが,1例で髄内釘が折損し再手術を行った.歩行能力は,術前杖なし歩行8例が,術後は杖なし歩行へ回復したものが6例,T字杖歩行となったものが2例となり,術前車椅子の1例は不変であった.全例痛みもなく,手術の結果に満足している.
考察:髄内釘手術のポイントは,骨折部を展開せず閉鎖的に,可能な限り太い髄内釘を挿入し,近位および遠位にlocking screwを用いることにより,強固に内固定することと考えられる.完全整復位は困難であるが,可及的な整復位を獲得して,短縮・回旋に注意することが大切である.適切な手術・後療法を行うことにより,本骨折に対する髄内釘手術は,比較的低侵襲で,早期離床・社会復帰が可能であり,推奨すべき治療法と考えられる.
(日職災医誌,49:456─459,2001)
─キーワード─
大腿骨転子下骨折,閉鎖式髄内釘固定,髄腔径
UP

降圧治療の心理,行動特性に及ぼす影響

宗像 正徳,布川 徹,伊藤 信彦,吉永 馨
東北労災病院循環器科

(平成13年2月28日受付)


目的:降圧治療が心理,行動学的側面に影響を与えるか,もし影響するならば降圧薬間で差異があるかを明らかにすること.
対象:降圧剤服用中の本態性高血圧症患者459名[薬物治療群(M群)395名,非薬物療法群(NM群)64名],未治療の本態性高血圧症患者(N群)110名で検討した.随時血圧を坐位で測定し,質間紙により,「状態不安」,「特性不安」,「タイプA」,「仮面うつ」並びに「不適応」,「過敏」,「怒り」,「緊張」の各尺度を評価した.各群間で各心理,行動学的尺度のスコアを比較した.
結果:「状態不安」はM群でNM群,N群に比べ有意に低い値を示した(それぞれp<0.01,p<0.05).「怒り」の指標は,M群,NM群でN群に比べ,低値であった(いずれもp<0.00001).「不適応」はM群でN群に比べ有意に低くかった(p<0.05).「状態不安」,「怒り」,「不適応」の各尺度を従属変数,各種降圧薬の使用の有無,血圧,年齢,性を説明変数とし,重回帰分析を行うと,アンジオテンシン変換酵素阻害薬,β遮断薬の使用は「状態不安」に対して有為な抑制効果(それぞれ回帰係数-5.22,p=0.002と-2.76,p=0.04)を示した.またアンジオテンシン変換酵素阻害薬の使用は,「怒り」,「不適応」の各尺度に対しても,有意な抑制効果を示した.カルシウム拮抗薬,利尿薬,交感神経抑制薬はいずれの心理,行動指標に対しても,特定の効果を示さなかった.
結論:本態性高血圧症患者において,各種降圧薬間で心理,行動指標に及ぼす影響に差異が存在する.アンジオテンシン変換酵素阻害薬は他薬剤に比し,心理,行動指標の改善に優れる可能性がある.
(日職災医誌,49:460─464,2001)
─キーワード─
高血圧,降圧治療,心理,行動特性
UP

めまい発症にかかわるストレスの要因

渡辺 尚彦,奥野敬一郎,佐久間貴章
野口 和広,調所 廣之
関東労災病院耳鼻咽喉科

(平成13年3月8日受付)


めまいの発症には内因(素因)と誘因が関与する.内因(素因)とすれば頸椎のスタイルや,血圧の変動,自律神経機能などが考えられる.今回,平衡聴覚検査を施行しためまい患者の問診から,推測できた誘因に関する検討を行った.対象は過去3年間に当院耳鼻咽喉科めまい外来を初診した患者190例(男性77例平均47.2歳,女性113例平均50.2歳)である.対象の疾患の内訳は,末梢性めまい52.2%,椎骨脳底動脈循環不全16.8%,自律神経異常12.6%,頭位めまい症10.5%などであった.患者全体で誘因として多かったのは,第一に過労・不眠で46.3%,次にストレスで31.8%,外傷7.7%,感冒2.0%,他飲酒,体重の変化,長期臥床などがあげられた.過労・不眠の原因としてもストレスの関与が考えられ,めまい発症にはストレスが大きな要因になっている.性別から誘因を検討してみると,男女ともストレスを二番目に多く訴えている.男性では外傷の誘因も多いが27.2%にストレスをあげ,ストレスの内容は仕事,会社にからんだ肉体的なものを多く訴えた.これに対して女性では37.3%がストレスを誘因にあげたが,内容は家族や自分の有事に関する精神的ストレスであった.ストレスは常に交感神経の緊張した状態を生じ,この結果,頸を含めた筋緊張や,血圧上昇・脈拍の亢進などの循環動態の変化,さらには興奮による不眠などをきたし,これらが椎骨動脈周囲交感神経の緊張を生じ,椎骨動脈の血流や内耳の血流および代謝に影響する可能性を考えた.
(日職災医誌,49:465─468,2001)
─キーワード─
めまい,誘因,ストレス
UP

ノート型パソコンの労働衛生管理について

伊東 一郎,牧野 茂徳,野田 一雄
吉田 勝美**,中石  仁***
東京産業保健推進センター,聖マリアンナ医科大学予防医学教室**,筑波大学医療短期大学部***

(平成13年3月8日受付)

 VDT作業者および作業職場における労働衛生面の調査は過去にも種々なされ,作業環境管理,作業管理,健康管理の視点より報告がなされている.その間,VDT作業においては大きな変遷が認められ,視覚端末はCRTから液晶へ,機種については,デスクトップからノート型へと移り変わっている.作業者についても,従来の専門職が作業を行う形態から,事務系作業者の全員が参加するVDT作業へと変化している.それに伴い,作業者への影響についても再検討が必要である.今回,我々は,作業者,職場についてアンケート調査を実施し,ノート型パソコンにおける労働衛生面の特徴,問題点,対応等について調査,分析した.
 東京都内の事業場,個人を対象とし,事業場向けと作業者向けの2種類の調査票を作成した.作業者個人用調査票には,個人の属性に関わる質問5項目,VDT機器利用状況についての質問23項目が含まれていた.事業場用調査票の質問項目は,労働衛生管理状況を中心に21項目を設定した.
 回答数は事業場から308,作業者から408であった.事業場集計では,デスクトップ型使用が61%,A4ノート型が30%であった.使用者の年齢が高くなるほど,ノート型の使用率が高くなる傾向が認められた.ノート型では,輝度,照度を調節するものは少なかった.画面の高さについては,「適当」とするものが全体では多いが,ノート型では「低い」,デスクトップ型では,「やや高い」とする回答が多い傾向が認められた.
 視距離については,A4ノート型について40cm未満での使用者は少ないが,その一方で視距離の自覚を「適当」とするものも少なかった.ノート型の使いやすさについては,男性では,「使いやすくなった」と感じる者が多いのに,女性では変わらないとする者が多く50%を占めていた.デスクトップ型からノート型へ機種変更した者についても,疲労感,拘束感について使いにくくなったという割合が高い傾向は認められなかった.
 今回の調査によって,人間工学的に差があると言われているノート型とデスクトップ型との間には自覚的項目で大きな差は見られなかった.今後,実際の作業姿勢との関連を含め実地調査をする必要があると思われた.
(日職災医誌,49:469─473,2001)
─キーワード─
VDT作業,端末機,労働衛生
UP

振動障害患者の血管と神経障害の15年間のfollow-up

黒沢 洋一1),那須 吉郎2),石垣 宏之2),篠原 泰司2)
1)鳥取大学医学部公衆衛生,2)山陰労災病院振動障害センター

(平成13年3月9日受付)

山陰労災病院の振動障害検診を受診した振動障害認定患者で15年以上経過の観察された患者99人を対象とした.診療録(カルテ)に記載された自覚症状,検査所見にもとずきストックホルムスケールを用いて末梢血管障害と末梢神経障害の経過を調べた.振動障害による血管障害では,改善傾向がみられたが,レイノー現象発作がなくなる例はそれほど多くなく,Stage3まで進行した例では70%以上が15年後もレイノー現象を経験していた.神経障害では初回受診時の症度と15年後の症度の変化は少なく,改善傾向はみられなかった.
(日職災医誌,49:474─477,2001)
─キーワード─
振動障害,追跡研究,ストックホルムスケール
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長期学校給食従事者の健診
─頸肩腕痛・腰痛について─


豊永 敏宏
九州労災病院勤労者リハビリテーションセンター

梁井 俊郎,竹下 司恭
九州労災病院健康診断センター

(平成13年3月12日受付)


目的:作業関連疾患である頸肩腕症や腰痛症の病態は十分解明されていない.九州労災病院健康診断センターでは多くの職種の健診を行ってきているが,長期勤続の学校給食従事者における頸肩腕痛や腰痛に注目し,とくに給食作業がどの様に骨関節に影響を与えるかについて,以下の方法で検討した.
対象と方法:対象は平成10年,当健康診断センターを受診した150名のK市小学校学校給食従事者で,年齢は24歳から59歳まで平均46.8±6.2歳であった.全員女性であり,平均勤続年数は20.6±6.8年であった.これらの被健診者に対し,頸肩腕の痛みや凝り,腰痛などについて問診とともに,頸椎及び腰椎X線や指尖脈波の計測を行った.X線は頸・腰椎椎間の狭小化やアライメントの変化を,指尖脈波は左右の変化率や波高を検討した.これらの結果につき統計的処理(t-検定,χ2:カイ2乗検定,数量化理論2類)を用い,各パラメーター間の比較検討をした.
結果:肩こりや頸部痛などの有訴率は72.5%であり,腰痛は55.7%であった.一方X線において変化がみられたのは頸椎では48.0%,腰椎は40.9%であった.また頸椎の変化は勤続年数とは関係があるものの,年齢とより関連性が強かった.
結論:以上の健診結果の統計処理から,頸肩腕痛などと頸椎変化は関連性がなく,頸肩腕放散痛と勤続従事は一部関連性があったが,頸椎の変性変化はむしろ年齢と関連性が強く,個人的因子のより深い関与を伺わせた.今後他の職種との比較検討をし,作業と本疾患の関連性につき追究していきたい.
(日職災医誌,49:478─482,2001)
─キーワード─
健康診断,学校給食従事,頸肩腕痛
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頸椎外傷にともなう椎骨動脈損傷の発生要因

村田 雅明,新宮 彦助,木村 功
那須 吉郎,塩谷 彰秀
山陰労災病院脊椎・腰痛センター整形外科

(平成13年5月2日受付)


目的:頸椎外傷の合併症のひとつとして椎骨動脈損傷,およびそれにともなう小脳・脳幹部梗塞が知られているが,その発生状況,発生要因には不明な点も多い.今回これらを明かとすべく当科で経験した頸椎・頸髄損傷症例について検討を加えた.
対象と方法:当科で経験した頸椎・頸髄損傷の51例を対象とした.これらの単純レントゲン,CT,MRI,MRAを検討した.
結果:椎骨動脈損傷の発生頻度は,頸椎外傷全体では51例中17例33.3%で,このうち脱臼骨折が17例中11例64.7%と圧倒的に多かった.特に脱臼距離が大きく,麻痺の程度の強い症例に多かった.椎骨動脈損傷にともなう小脳・脳幹部梗塞は17例中5例29.4%に認められた.50歳以下での発症はなく,比較的高齢者に発症していた.
結論:頸椎外傷にともなう椎骨動脈損傷,小脳・脳幹部梗塞は高エネルギー損傷に多く認められたが,高齢者に多く発生していたことより動脈硬化等加齢にともなう因子も強く関与していると思われた.急性期にMRA,MRI等で椎骨動脈の状態を把握し,椎骨動脈損傷が認められた症例の中で,高エネルギー損傷,高齢者などのrisk factorを有する症例は特に注意深く経過を見守る必要がある.
(日職災医誌,49:483─487,2001)
─キーワード─
頸椎外傷,椎骨動脈,MRアンギオグラフィー
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びまん性脳軸索損傷の後遺症と転帰

山口三千夫
神戸大学医学部保健学科

(平成13年3月13日受付)


びまん性脳軸索損傷という概念が提唱され始めた頃は,重症頭部外傷のうちでも非常に重篤な病態のみを指すと思われていた可能性がある.しかしGennarelliの定義にそって見れば,びまん性脳軸索損傷は決して少ないものではない.したがって後遺症に悩む症例も多く,後遺症と転帰についての研究も社会的に重要である.しかし,当初の頭部X線CTなどでははっきりした挫傷所見や大きな(25cc以上)の出血を認めないが長期間の意識障害とかなりの後遺症状を残す疾患があることは広く知られている.今回,労災事故および通勤災害によって6時間以上の意識障害を示したが,当初の頭部CTにははっきりした局所性脳挫傷所見の無かった34名(男子29名,女子5名,平均年齢46歳)について,後遺症と転帰を検討した.全例が後遺症認定のために受診可能症例であったため,当然,死亡例と植物状態となったものは含まれていない.当初のCTでは正常のものが2例あり,他は小さいくも膜下出血や脳梁・迂回槽等の出血,および脳実質内の小出血,脳室内出血等であった.重度の後遺症では知能障害と失調がそれぞれ7例,四肢麻痺と意欲低下もそれぞれ4例,人格変化は3例に見られた.軽度とされる後遺症では記銘力の低下が15例(44%),頭痛6例,眩暈5例,嗅覚低下,動作緩慢,複視がそれぞれ2例づつあった.以上から,失調の存在と頑固な記銘力減退が重要な問題かと思われた.転帰としてはGR:18例,MD:6例,及びSD:10例であり,その復職率は,元よりも軽作業に変わったものも含めて,それぞれ89%,67%,及び0%であった.知能低下や人格変化が復職を困難にしていた.今回は標本サイズも小さいが今後は他の局所性の頭部外傷の後遺症や転帰とも比較して詳細な検討が望まれよう.
(日職災医誌,49:488─492,2001)
─キーワード─
びまん性脳軸索損傷,後遺症,転帰
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手関節TFCCに対する鏡視下手術

木戸 健司,椎木 栄一,大藤 晃,砂金 光藏
愛媛労災病院整形外科

(平成13年3月14日受付)


手関節三角線維軟骨損傷に対する鏡視下手術の治療成績を検討し,その適応,治療方針を検討する.対象は当科で行った手関節鏡視下手術でTFCC部分切除術46例(外傷性断裂35例,変性断裂11例),TFCC縫合術8例である.平均経過観察期間は3.9年であった.鏡視下部分切除術の治療成績は外傷性断裂で優18例,良11例,可4例であり,変性断裂で優5例,良3例,不可2例であった.鏡視下縫合術は優1例,良3例,可2例,不可2例であった.鏡視下部分切除術は外傷性中央部断裂に加えて橈骨付着部断裂,早期の変性断裂にも適応があり,鏡視下縫合術は尺側辺縁部断裂例でulnar nullまたはminus varianceで遠位橈尺関節に変形性変化のないものに適応を有する.
(日職災医誌,49:493─495,2001)
─キーワード─
三角線維軟骨複合体,鏡視下手術
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下肢に発生した外傷後MRSA深部感染症の治療経験
─骨欠損部における再建法を中心に─


片野 素昭1),横山 一彦1),斉田 康之1),新藤 正輝2)
青木 信一1),福島 宣明1),糸満 盛憲1)
1)北里大学医学部整形外科,2)昭和大学救命救急医学

(平成13年3月23日受付)


下肢に発生した外傷後MRSA骨髄炎に対し骨再建術を施行した7例7肢を対象とし,治療法と骨再建法について検討した.男性6例,女性1例で,感染発症時年齢は8歳から57歳,平均年齢は26.6歳であった.発症部位は,大腿骨1例,脛骨6例であった.初期局所療法はデブリードマンのみ;4例,閉鎖式持続洗浄療法;2例,抗生剤含有セメントビーズ;1例であった.しかし,デブリードマンのみによる症例においては,全例,引き続き他の局所療法を要した.骨再建法は,遊離血管柄付骨移植;1例,仮骨延長法;4例,Papineau法;2例であった.感染発症後再建までの期間は3カ月~3年4カ月,平均16.2カ月であり,全例に感染の治癒と,骨癒合が得られた.初期治療において炎症の鎮静化とその後の予防には十分な注意が必要であり,骨再建には術前の綿密な検討を行い,最適な方法を選択すべきで,習熟した方法を用いるべきと思われた.
(日職災医誌,49:496─500,2001)
─キーワード─
MRSA骨髄炎,仮骨延長法,血管柄付腓骨移植
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諸外国における筋電義手の公的支援制度
─e-mailによるアンケート調査の結果─


川村 次郎
日下病院

中川 昭夫,澤村 誠志
兵庫県立総合リハセンター

森本 正治
労災リハ工学センター

(平成13年3月26日受付)


 諸外国における筋電義手の公的支援制度や支給の実態について,e-mailを利用してアンケート調査を行い,13人(英国,米国,カナダ,オーストリア,ドイツ,イタリー,オーストラリアの7カ国)から回答が得られた.
 回答のあったすべての国では,制度は異なっても公的支援が行われていた.筋電義手の手先具は実際にはハンド型が多用され,フック型の使用はまれであった.上腕切断の場合には手先具に筋電義手を使用しても,肘継手には能動式を使用する,いわゆるハイブリッド型とするところも多かった.価格は,米国を例外とすると,前腕義手が50~60万円,上腕義手が100万円前後と,わが国の現状より安価であった.回答者が推定した筋電義手の年間支給本数は,米国で2,000~4,000本,ドイツで1,200本,イタリアで500本,オーストリアで30~70本であった(人口あたりに換算すると,10万人あたり1年間の必要本数は0.3~2本であり,日本の人口約1億2,000万人に当てはめると,年間の需要見込み数は360~2,400本となった).処方される義手の装飾義手,能動義手(フック型とハンド型),筋電義手の比率は回答者の所属する施設や,切断部位,片側か両側かなどで大きく異なっていたけれども,片側前腕切断で筋電義手が占める割合は20~40%程度の回答が多かった.
(日職災医誌,49:501─508,2001)
─キーワード─
筋電義手,公的支援制度,e-mail
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スポーツと眼外傷

岩田 充弘*1,北村 昌弥*2,浅野 徹*3,藤澤 邦見*4,小出 良平*4
*1田園調布中央病院,*2太田総合病院太田熱海病院,*3浅野眼科内科病院,*4昭和大学病院眼科学教室

(平成13年6月15日受付)


緒言:近年,週休2日制による余暇の利用や,健康に関する人々の関心の増加に伴い,スポーツ人口が増加し,スポーツ中の事故による眼外傷が注目されている.
目的:1994年1年間を当科におけるスポーツ眼外傷92例をまとめ,16年前の1978年6月から2年間の症例173例と比較検討した.以下1994年1年間を対象群,1978年6月からの2年間を比較群とする.
対象:対象群の内訳は92例男性69人(75%),女性23人(25%)であった.比較群173例は男性145人(84%),女性28人(16%)であった.
結果:比較群では原因となったスポーツは野球66例(38%),テニス16例(9%),サッカー13例(7%)であった.対象群ではサッカー22例(23%),野球21例(23%),テニス17例(18%)であった.眼外傷の種類は,両群とも表層角膜炎,前房出血,硝子体出血,眼窩底骨折,視神経管骨折など多彩な症例を示した.
結論:眼傷害をおこしたスポーツは近年多様性,年齢の広がりを認めている.眼外傷を起こさないために,競技におけるプロテクターの必要性,適切な管理,指導,ルールの改正等が必要と思われる.
(日職災医誌,49:509─513,2001)
─キーワード─
スポーツ,眼外傷,予防
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鎖骨遠位端外傷に対するWolter Clavicular Plate の使用経験

大藤 晃,木戸 健司,椎木 栄一,小田 豊彦,砂金 光藏
愛媛労災病院整形外科

(平成13年5月20日受付)


目的:鎖骨遠位端外傷に対する手術方法は多種多様であるが,当科では1997年以来,鎖骨遠位端骨折(Neer type II),肩鎖関節脱臼(Tossy type III)の手術的治療においてWolter Clavicular Plate(WCP)を使用し,良好な結果を得たので報告する.
対象:症例は鎖骨遠位端骨折16例,肩鎖関節脱臼7例であった.後療法は術後3日目から振り子運動を開始し,2週後に90度以上の肩関節運動を行った.
結果:鎖骨遠位端骨折では透析例1例を除き,全例骨癒合を得た.肩鎖関節脱臼ではプレートの脱転を1例に認め,2例に抜釘後の肩鎖関節の亜脱臼を認めた.
考察:肩鎖関節は肩関節の運動に伴い,応力の集中する部位であり,この部の外傷に対しては頑固な固定が必要とされる一方,完全な固定では肩関節運動に障害を及ぼす.WCPはそのユニークな形状により良好な初期固定性が得られ,また,肩鎖関節を損傷・固定しない点で,早期の肩関節運動が可能であり固定材料としても優れていると考える.また,手技も簡便であり,その固定性から補助固定をほとんど必要としないため手術時間も短時間である.欠点として皮切が大きい事と,合併症としてプレートの脱転・浮上が認められた.プレートの浮上は4例に認めたが,この症例では肩峰の骨孔の拡大を認めず,逆に骨孔の拡大する症例ではプレートの浮上を認めないことより,手術時にやや大きめの骨孔を作成することで,プレートの浮上は予防できると思われた.
 WCPはその強固な初期固定性と手技の簡便さから優れた固定材料であり,鎖骨遠位端外傷において有用であった.
(日職災医誌,49:514─517,2001)
─キーワード─
ウオルター鎖骨プレート,肩鎖関節脱臼,鎖骨遠位端骨折
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心原性脳塞栓症の発症時間および発症時の行動について

江塚  勇,柿沼 健一
新潟労災病院脳神経外科

(平成13年3月26日受付)


目的:心原性脳塞栓症(CBE)の発症は日中活動時に多いといわれ,交感神経緊張に伴う心活動度の上昇と本疾患発症との関連が推測される.そこで労働災害予防的な見地からCBEの発症時間と発症時行動を調査した.
対象:1992年から1998年までの7年間に入院治療を行ったCBE患者146例,男87例,女59例を対象にした.発症時年齢は23~92歳,平均年齢は69.8歳,男68.1歳,女72.2歳.
方法:脳塞栓の診断基準はCerebral Embolism Task Force1)によるガイドラインに従い,4人の脳外科医で検討し,全員が脳塞栓症と診断したもののみを対象とした.高度な高血圧,高脂血症,糖尿病などを合併した症例は除外した.心疾患については循環器内科医が診断したが,心房細動が最も多く慢性心房細動88,発作性心房細動36であった.
結果:発症時間の特定できた症例は133例.日中(6~18時)に93例69.9%が発症していた.発症時の行動は127例で特定された.何らかの日中活動時の発症は83.5%,睡眠と臥床安静時の発症16.5%であった.食事開始から食後30分以内に発症した症例は40例,31.5%で最も多く,通常業務・作業中と睡眠時との発症はそれぞれ12~10%,排泄,団らん,起床時,入浴時,安静時発症が8~6%,歩行中,家事,お茶のみでの発症は5%以下,特殊作業,運転中の発症はそれぞれ約2%,ゲーム(ゲートボール順番待ち)中が1例,その他に分類された2例は診察待合い中と入院検査後に発症した症例であった.102例(80.3%)は日常的な日中の生活行動の中で発症し,4例が非日常的な行動あるいは背景の中で発症していた.多少の身体的負荷があったと思われるもの1例,多少の心理的負荷の状態にあったものは4例であった.
結語:今回の調査では約70%の症例が日中に発症していた.102例(80.3%)は日常的な日中の生活行動の中で発症し,発症時に多少の心理的,身体的負荷があったと思われる症例は5例,4%であった.食事開始から食後30分以内の発症が40例,31.5%を占め,CBE発症には副交経神経緊張の関連も示唆された.
(日職災医誌,49:518─522,2001)
─キーワード─
心原性脳塞栓症,発症時間,発症時の行動
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脳動脈瘤再発からみたクリッピング術後の長期follow up

柿沼 健一,江塚  勇,原田 篤邦,高橋 麻由
新潟労災病院脳神経外科

(平成13年3月26日受付)


血管内手術も数多く試みられる現在,規範となるclipping術の成績を提示することは重要であると考え,新潟労災病院脳神経外科で直達clipping術が行われた801例の脳動脈瘤症例について,クモ膜下出血と脳動脈瘤の再発について検討した.調査の限りにおいて,クモ膜下出血の再発が確認されたのは8例であり,再出血までの期間は平均79.3カ月で年再出血率は0.17%から0.31%と考えられた.脳動脈瘤の再発についてはde novo動脈瘤の発生と初回clipping部からの脳動脈瘤の再増大に着目して脳血管撮影と3DCTによって120例で検討した.その結果,診断までの期間は平均90.58カ月で7例のde novo動脈瘤が発見された.初回と変化ない残存neckが3例で同定され,5例で脳動脈瘤の再増大が認められた.93.4%で初回のclipping部には異常が見られなかった.以上から,1)clipping術は脳動脈瘤の治療として極めて信頼性の高い確実な治療法である,2)clipping術後の患者のクモ膜下出血の発症率は,同定されている未破裂動脈瘤よりは少ないものの一般人口の約10倍程度と考えられる.今回の結果と文献的考察から,術後のfollow-upとしては,routineのscreeningとしてMRAや3D-CTによってde novo動脈瘤の発見に努めることが必要である.また初回手術の行われた血管系はMRAや3D-CTでは追跡し難く,de novo動脈瘤の発生よりも動脈瘤再増大に留意すべきであるので,女性,動脈瘤多発例,残存neckのある症例に特に目標をしぼり,この血管のみを血管撮影によって追跡することが実際的であろうと考えた.
(日職災医誌,49:523─527,2001)
─キーワード─
cerebral aneurysm,clipping,recurrence,脳動脈瘤,クリッピング術,再発
UP

症 例
「腕立て伏せ」運動後,著明な血清Creatine
Phosphokinaseの上昇を来した2例


名部  誠1),竹内 仁志1),本多 完次1)
河田 典子1),八幡 澄和2)
1)吉備高原医療リハビリテーションセンター内科,2)同 神経内科

(平成13年2月28日受付)

マラソンなどの過激な運動の後に血清Creatine Phosphokinase(CPK)が増加する事が知られている.我々は200回以上行った「腕立て伏せ」の後に,上腕と前胸部の筋肉痛を伴い,著明なCPKの増加を来した2症例を経験した.症例1は16才男子高校生で運動後4日目に血清CPKは18,500IU/L,血清アルドラーゼは220IU/L,尿中ミオグロビンは15.0ng/mlと増加していた.症例2も16歳男子高校生で運動後4日目に血清アルドラーゼは3.0IU/Lと正常であったが,血清CPKは111,785IU/Lと高値を示し,尿中ミオグロビンは19ng/mlと増加していた.両症例とも安静療養と輸液によりCPK値は改善し3週後に筋肉痛は消失した.「腕立て伏せ」は,体育の授業,課外活動などで一般的に行われているが,過度になると,横紋筋融解症を来す可能性があると思われ注意が必要である.
(日職災医誌,49:528─531,2001)
─キーワード─
腕立て伏せ運動,クレアチンホスホキナーゼ,横紋筋融解症
UP

頚椎骨折に伴った外傷性椎骨動脈動静脈瘻の1例

榊  孝之,押野  悟,瀧  琢有
奥  謙,早川  徹
関西労災病院脳神経外科

(平成13年3月21日受付)


比較的稀とおもわれる頚椎骨折に伴った外傷性椎骨動脈動静脈瘻の1例を経験した.症例は,53歳の男性で,外傷2カ月後より耳鳴りを自覚し,頚部に著明なbruitが聴取された.MRIを施行したところ第2頚椎骨折周囲に拡張した静脈叢および同部位より近位側の椎骨動脈の拡張を認め,動静脈瘻が疑われた.血管撮影にて,右椎骨動脈動静脈瘻を認め,左椎骨動脈撮影にても,瘻孔への盗血現象が認められた.外傷性動静脈瘻の診断のもとに,直達手術および血管内手術にて加療した.瘻孔は消失,耳鳴りも消失した.外傷性椎骨動脈動静脈瘻の報告は少なく,非穿通性頚部外傷に伴うものはさらに稀である.しかし,頚椎骨折を伴う頚部外傷の際には,椎骨動脈動静脈瘻の存在も念頭におくべきである.
(日職災医誌,49:532─535,2001)
─キーワード─
頚椎骨折,椎骨動脈動静脈瘻,血管内手術
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