2001年 第6号

 

日本職業・災害医学会会誌  第49巻 第6号

Japanese Journal of Occupational Medicine and Traumatology
Vol.49 No.6 November 2001




巻頭言
労災病院は海外在留邦人勤労者の医療に貢献出来ないか

教育講演
高次神経活動と脳機能画像―運動,知覚,言語機能の評価―

総  説
職業性素潜りダイバー(あま)の中枢神経障害

原  著
じん肺患者におけるクラミジア肺炎抗体価の推移─連続した2年間の変化─
パソコンを用いた高次脳機能評価法の開発と勤労者の疲労度評価への応用
神奈川県の傷病休業統計
当院ICUにおける重症熱傷症例の予後予測因子に関する検討
肩鎖関節脱臼の治療経験─Phemister変法とCadenat変法について─
切断後長期間を経過した鉄道公傷者のQOLと社会関係
じん肺患者の入院日数の経年的変動に関する研究
定位放射線照射患者の社会復帰に関する検討
理学療法士における職業性傷害の性差
建築関連作業従事者の冬期の自覚症状と防寒対策

症  例
在宅リハビリテーションにおける患者家族の役割の重要性を実感した1例
エアバッグによる顔面外傷の3例
中頭蓋窩クモ膜嚢胞に合併した硬膜下水腫の1例


巻頭言
労災病院は海外在留邦人勤労者の医療に貢献出来ないか

許斐 康煕
九州リハビリテーション大学校

 海外の医療事情調査団や国際学会に参加して現地の日本人の方々からよく聞かされるのは,病気になった時の心配である.労働福祉事業団では以前から海外巡回健康相談を行い,いくつかの国の主要病院とは海外労災友好提携病院の契約を結んで来た.しかしながら,現地の人々が本当に渇望しているのは,いざという時に何時でも診て貰える,現地に定着した日本人の医師が居てくれたらということである.言葉のハンディがあって自分の病状を充分に伝えられない,あるいは現地の病院が今ひとつ信頼出来ないといった理由で,些細な疾病でもわざわざ帰国してしまうというのはよく聞く話である.
 労災病院は全国に39の重装備された病院を擁し,高い医療水準を維持するスタッフを抱えた優秀な病院群である.このスケールメリットと組織力を活かさない手はない.この労災病院で手分けして,これら海外在留の邦人勤労者の医療に貢献出来ないものだろうか.
 パリ・アメリカ病院は前世紀始め当時パリに在住していたアメリカ人コミュニティに,英語を話すスタッフによるアメリカ式の病院をつくろうという気運が持ち上がって1910年に創立された.1913年にはアメリカ議会より非営利団体としての認定を受けている.第一次世界大戦中には10万人の連合軍兵士の治療に活躍し,その功績によってフランス政府から公共のための病院として正式の認可を受けた.第二次大戦中も同様連合軍兵士の治療にあたり,戦後はこの地で活動する企業の寄付によってその規模の拡張を図って来た.特筆すべきは,フランス政府から病院内においてのみ,一定数の外国人医師がその国の医師免許で医療を行ってもよいとする条例まで作ってもらっていることであろう.この病院には日本人の医師もいるので,患者の中で一番多いのはフランス人,二番目がアメリカ人で,三番目が日本人というのも如何に海外在留邦人が日本人ドクターの診療を望んでいるかを示している.
 このアメリカ病院とまではいかなくとも,今や全世界で活躍している日本人勤労者のために,政策医療施設のサテライトが世界の各地にあってもよいのではないか.ひとつの考え方として各国の日本大使館にある診療所を充実させて労災病院の医師を派遣し,対象を大使館員とその家族と限らずにその地の一般邦人にまで広げることは出来ないものだろうか.問題は外務省との関係と海外における医師免許の扱いであろう.省庁間の問題については柔軟に対応していただくとして,当該国には大使館内で日本人だけを対象にするということで了解を得られないものか.もしもこういった問題がクリアー出来れば,派遣する医師は全国の労災病院から募ってもよい.本部あるいは海外勤務健康管理センターでお世話いただくのもよい.今年はおたくの病院からどこどこの国の大使館に半年お願いしますとか,この国については向こう何年間おたくの病院で担当して下さいと依頼することも出来る.海外に医師を派遣する場合,その医師は現地で一人でもある程度以上のことが出来る技量を備えていることは勿論であるが,この人達が帰って来た時に受け入れてくれるしっかりとした受け皿,すなわち母港があるということも重要な要素である.労災病院はその点でもこの条件を充分に充たす組織である.
 労災医療,災害医療,勤労者医療のあり方や定義についてはいろいろと語られているが,この様な海外の在留邦人勤労者の医療問題も勤労者医療の重要な一面ではないかと思われる.また海外における大規模災害に際しては,日赤やNGOそれに自衛隊などが出動しているが,労災病院としてもこれに参加出来ないだろうか.国際赤十字法その他の縛りもあると思われるが,その規制が緩和されれば,われわれの活動の場はさらに広がるであろう.海外での活躍を夢見る若い優秀なドクターもこぞって労災病院に集まってくれるに違いない.
UP

教育講演
高次神経活動と脳機能画像
―運動,知覚,言語機能の評価―


杉下 守弘
東京大学大学院医学系研究科認知・言語神経科学教授

(平成13年9月5日受付)


人の運動,知覚,言語活動などで,効果器や受容器である手,足,耳,眼,舌,口などの動きや状態は,「見ること」ができる.しかし,効果器や受容器をコントロールしている脳がどのように動いているのかを「見ること」は非常に困難であった.それが1980年代に陽電子放射断層撮影法(positron emission tomography,略称PET)が登場,脳の活動を通して見ることが現実のものとなってきた.1990年代前半に機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging,略称fMRIあるいは機能的MRI)が登場した.機能的MRIはPETのように放射性被爆がないという長所をもっている.このように,運動,知覚,言語活動などを,脳のどの部分が活動しているのか見ることができる時代が到来したといってよいであろう.具体的な例について次の4つの事項を述べた.
? 右手の指合わせ運動で,左中心前回の手の運動領に活動が認められる.
? 模倣運動は,運動技能の修得の基礎となる重要な身体運動である.模倣運動では,左右の頭頂葉,左右の中前頭回後部などに活動がみられる.
? 右手及び左手の書字を行わせ,脳で共通に活動する部分を撮れば,手の運動に関係しない書字そのものに対応する脳の活動がみれると思われる.左半球の上頭頂小葉前部,中前頭回後部,上側頭回,中心前回と後回の中部,右半球では,上頭頂小葉下部,上側頭回後部などに活動がみられた.
? 「しりとり」を行うと,左前頭葉に強い活動がみられ,弱い活動が左頭頂葉と右前頭葉にみられた.このような結果は,2度測定してもほぼ同じ結果がみられた.
(日職災医誌,49:538─542,2001)
─キーワード─
機能的MRI,書字,模倣,しりとり
UP

総  説
職業性素潜りダイバー(あま)の中枢神経障害

合志 清隆1),Robert M Wong2),奥寺 利男3)
1)産業医科大学医学部脳神経外科,同 病院高気圧治療部, 2)Department of Diving & Hyperbaric Medicine,Fremantle Hospital & Health Service,3)秋田県立脳血管研究センター放射線科

(平成13年4月13日受付)

素潜りにより窒素ガスが血漿や組織に蓄積することから,潜水障害を惹起する可能性がある.1960年代にCrossが南太平洋のTuamotu地区の真珠貝採取を職業とする素潜りダイバーにおいて潜水事故を報告したことから,素潜りで潜水障害が生ずるのかどうかの議論が広くなされてきた.しかし,この問題は30年以上にわたって結論が得られてこなかった.最近,本邦の職業性素潜りダイバーであるアマで,潜水障害の経験のある2例のアマに遭遇した.さらに,潜水作業中に潜水障害を起こした他の2例のアマを治療した.頭部MRIでは多発性脳梗塞の所見であり,境界領域と穿通枝領域の共通した部位に病変を認めた.さらに,彼らの住む島での聞き取り調査では,多くのアマが脳卒中様の神経障害,特に片側の運動麻痺や感覚障害を併発している事実が明らかとなった.素潜りによる潜水障害の発生機序は不明な部分が多いが,可能性として最も高いのが肺や心臓を通過した気泡による塞栓症である.以上の結果は,深度の深い繰り返す素潜りによって潜水障害,特に脳障害を起こすことを示している.
(日職災医誌,49:543─549,2001)
─キーワード─
減圧障害,神経障害,潜水
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原  著
じん肺患者におけるクラミジア肺炎抗体価の推移
─連続した2年間の変化─


前田  均,姜  臣鎬,木下 幸栄,堂本 康治
稲本 真也,百道 敏久,大西 一男
神戸労災病院呼吸器内科,内科

(平成13年5月17日受付)


目的:じん肺患者のクラミジア肺炎(Chlamydia pneumoniae:C. pneumoniae)抗体価が一般国民より高いことを報告した.高い抗体保有率の意義を検討するため,2年間にわたるC. pneumoniae抗体価を測定した.
方法:1999年及び2000年じん肺健康診断受診者を対象に,C. pneumoniae IgG抗体(C. Pn. IgG-Ab)価およびC. pneumoniae IgA抗体(C. Pn. IgA-Ab)価をELISA法であるヒタザイム®を用いて測定した.
結果:1999年度は71名(平均年齢68.2±5.4歳),2000年度は82名(平均年齢68.5±5.5歳)であった.1999年度は,C. Pn. IgG-Ab陽性者は70.4%,C. Pn. IgA-Ab陽性者は77.5%,一度は感染したと考えられる者は85.9%であった.持続感染者は78.9%であった.一方,2000年の検討では,C. Pn. IgG-Ab陽性者は69.5%,C. Pn. IgA-Ab陽性者は72.0%,一度は感染したものは86.6%であった.また持続感染者は72.0%であった.
 抗体価を連続2年間測定できた者が55名いた.1999年と2000年の抗体価を比較すると,C. Pn. IgG-Abの相関係数はr=0.980(p<0.0001)であり,C. Ph. IgA-Abではr=0.960(p<0.0001)と有意な相関係数を示した.肺機能障害とC. pneumoniae感染との関連は無かったが, 胸部X線分類ではC. Pn. IgA-Abがじん肺病変障害の程度により有意な相違を示した.
結論:じん肺患者ではC. pneumoniae抗体価が上昇していることが再確認された. じん肺患者のC. Pn. IgG-AbおよびC. Pn. IgA-Ab値は経年的にはほとんど変化せず,かつC. pneumoniae感染の持続感染者が多い集団であることが判明した.また,C. pneumoniae感染はじん肺患者の肺の障害に一部関与している可能性がある.
(日職災医誌,49:550─553,2001)
─キーワード─
クラミジア肺炎,じん肺,持続感染
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パソコンを用いた高次脳機能評価法の開発と勤労者の疲労度評価への応用

三原 千恵,島  健,西田 正博,山根 冠児、
石之神小織,辻上 智史,辻上 周治
勤労者脳・循環器センター

(平成13年10月2日受付)


目的:勤労による疲労の検査としては,従来,生理的心理的機能検査,パフォーマンスの検査,疲労感についての検査といった方法がとられ,脳の機能そのものについては評価されていなかった.そこで今回は,視覚反応を通じた高次脳機能課題に対する反応時間を計測するプログラムを作成し,パーソナルコンピュータを用いて,脳の活動を客観的に評価した.
対象と方法:まず,健康正常者における各年代毎の反応時間を測定し,ついで看護婦の夜間勤務の反応時間に与える影響についても調べた.高次脳機能課題としては,5段階の認知作業課題を作製し,それぞれの反応時間と正答率を分析した.
結果:健常者において各課題の反応時間は加齢によって延長し,課題内容が複雑になるに従い著明に延長した.性別による差はなかった.勤労者においては,40歳台では夜勤後の反応時間は有意に延長していたが,20歳台では夜勤後より日勤前の方が反応時間は長かった.アンケート調査によれば,20歳台では日勤前にすでに疲労感を感じていたことから,勤務の疲労は時間帯のみならず人間関係など複雑な因子が関与していることが示唆された.
結論:疲労を客観的に捉える方法として,今回用いたテストは認知作業における反応時間であり,高次脳機能評価に有用と考えられる.また夜勤後に反応時間が変化することが明らかとなり,労働条件上考慮すべき点であると思われた.
(日職災医誌,49:554─559,2001)
─キーワード─
高次脳機能検査,反応時間,疲労度
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神奈川県の傷病休業統計

遠乗 陽子1),新津谷真人1),佐藤 信一2),泊 利栄子1)3), 遠乗 秀樹1),杉浦由美子1),相澤 好治1)
1)北里大学医学部衛生学・公衆衛生学,2)神奈川労務安全衛生協会,3)NTT東日本首都圏健康管理センタ

(平成13年3月27日受付)

神奈川労務安全衛生協会(以下,安衛協)では,昭和35年より傷病休業統計を作成しており,現在は2月と7月に実施している.今回,過去の調査結果のうち,平成元年から10年の7月の結果を再解析したので報告する.
対象および方法:安衛協に加盟する全会員事業場にアンケート用紙を送付し,年次有給休暇も含めた1日以上の疾病休業を調査した.また,従業員数が500人以上の事業場については,ICD9を用いた疾病分類別休業統計も調査した.統計指標には,傷病休業件数,傷病休業日数,傷病休業件数率,傷病休業日数率,平均傷病休業日数を用いた.
結果:全体の傷病休業件数率・日数率は平成3年以後減少傾向を示し,従業員数500人以上の事業場でも同様だった.疾病分類別傷病休業件数・日数については,7月の調査にも関わらず,最も休業件数の多いのは呼吸器疾患で,その大多数は感冒性疾患だった.次いで消化器系,筋骨格結合組織系の疾患が多かった.経年変化としては,多くの疾患は減少傾向にあるが,精神障害は増加傾向にあった.これは傷病休業延日数に関しても同様だった.
 平均傷病休業日数に関しては,平成6年以降は精神障害が最も長く,次いで新生物,循環器系疾患だった.呼吸器系疾患は最も短く,過去10年間2日に満たない程度だった.
考察:以上の結果から,傷病休業件数では呼吸器系疾患が特に多く認められ,感冒発生予防に努める必要があると思われる.精神障害は増加傾向にあり,平均休業日数が最も長いことから,メンタルヘルスケアに力を注いでいく必要があると考えられる.
(日職災医誌,49:560─564,2001)
─キーワード─
傷病休業統計,労働衛生,感冒性疾患
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当院ICUにおける重症熱傷症例の予後予測因子に関する検討

緒方 敬子,福崎  誠,金出 政人、
田村 志乃,都  正彦
長崎労災病院麻酔科

(平成13年7月2日受付再)


 熱傷の救命率は年々上昇しているが,未だ重症熱傷の致死率は高い.従来これらの予後を予測する因子に関して検討がなされてきたが,明確な規定は示されていない.今回過去10年間に当院ICUに入室した熱傷指数(burn index:BI)15以上の重症熱傷症例14例(生存(S)群6例,死亡(D)群8例)における予後予測因子について後ろ向きに検討を行った.
 平均年齢,性別は両群間で有意差はみれらなかった.平均熱傷面積(%total burn surface area:%TBSA)はD群がS群に比べ有意に高かった.重症度の指標として,BIと熱傷予後指数(prognostic burn index:PBI)を用いたが,平均BIはS群に比べD群が有意に高かった.平均PBIは両群間で有意差は認められなかった.気道熱傷はS群では全例とも認められなかったのに対し,D群では4例(4/8例:50%)に認められ,有意にD群が多かった.受傷後の合併症発生率において熱傷ショック,急性呼吸促迫症候群(ARDS),急性腎不全,敗血症,敗血症性ショック,多臓器不全の発生はD群が有意に高かった.これらの項目のうち,年齢,%TBSA,BIおよび気道熱傷の存在の4因子を予後予測因子とし検討を行った結果,気道熱傷の有無が最も信頼しうる予後予測因子であった.
 今回の結果より,重症熱傷の予後予測因子として気道熱傷の存在が最も信頼し得ることが示唆された.
(日職災医誌,49:565─568,2001)
─キーワード─
重症熱傷,予後予測因子,気道熱傷
UP

肩鎖関節脱臼の治療経験
─Phemister変法とCadenat変法について─


森  俊二,楠瀬 浩一,宮崎  弘、
小西 誠二,萱岡 道泰,伊地知正光
東京労災病院整形外科

(平成13年4月19日受付)


目的:Tossy Grade IIIの肩鎖関節脱臼に対し,各施設において保存的・観血的療法さまざまで,手術方法に関しても種々の方法および結果が報告されている.今回,当科にて行ったPnemister変法とCadenat変法の臨床成績・術後X線所見について検討した.
対象・方法:'90~'99年までに手術を行ったTossy Grade IIIの肩鎖関節脱臼18例(男性17例,女性1例)を対象とした.手術時年齢は22~63歳,平均39歳.左側11例,右側7例.'90~'96年までの12例にPhemister変法で行い,'97年からの6例をCadenat変法にて行った.受傷機転は,交通事故6例,スポーツ外傷3例,転倒9例であった.評価は術後治療成績を川部らの治療成績判定基準およびX線撮影を用いた.
結果:川部らの評価点数平均はPhemister変法で81.5点,Cadenat変法で94.5点であった.X線所見は,phemister変法例で,脱臼なし2例,関節面1/2以下の亜脱臼3例,関節面1/2以上の亜脱臼5例,脱臼2例であった.一方Cadenat変法例では,脱臼なし4例,関節面1/2以下の亜脱臼2例,脱臼例はなかった.
結論:術後臨床成績・術後X線評価ともCadenat変法がPhemister変法に比べ優れていた.またPhemister変法にはX線評価に比べて臨床成績が良好な例を認めた.
(日職災医誌,49:569─572,2001)
─キーワード─
肩鎖関節脱臼,Cadenat変法,Phemister変法
UP

切断後長期間を経過した鉄道公傷者のQOLと社会関係

小林 隆司1),金村 尚彦2),白濱 勲二2)
宮本 英高2),佐々木久登2),峯松  亮2)
田中 幸子2),幅田 智也1),吉村  理2)
北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科1),広島大学医学部保健学科2)

(平成13年4月26日受付)

目的:切断後長期間を経た鉄道公傷者のQOLと社会関係のかかわりについて調査する.
方法:鉄道身障者協会中国地方会員のうち郵送アンケートに同意され,返送された63人(男59人・女4人)を対象とした.平均年齢は73歳,受傷からの平均期間は53年であった.アンケート内容は,一般情報,WHOQOL26,社会関係(配偶者の有無,同居家族の人数,親戚友人ネットワーク数)とした.
結果:QOL26の平均点は,先行研究に示された,一般人口平均と変わらないものであった.切断部位によるQOLの違いは認められなかった(ANOVA;F(3,59)=0.29 p=0.83).親戚友人ネットワーク数は,QOLとの相関が認められた(r=0.26 p<0.05).
考察:切断後長期間を経過した人は,生活志向性や達成欲求を変化させ,自身の状況に適応したため,一般人とのQOLの違いを認めなかったのかもしれない.社会関係を保全することはQOLの維持にとって重要であり,受傷早期からの健康福祉サービスの必要性が示唆された.
(日職災医誌,49:573─575,2001)
─キーワード─
切断,QOL,社会関係
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じん肺患者の入院日数の経年的変動に関する研究

中村 雅夫,山内 淑行,増戸 康文、
高橋 幸成,佐々木孝夫
珪肺労災病院呼吸器内科

冬木 俊春,平居 義裕
関東労災病院呼吸器内科

(平成13年6月15日受付)


日本における病院が急性期型および慢性期型病床に区分されるようになった今日,慢性的な疾病の患者の入院日数もどんどん短縮化の傾向にある.今回私どもは1975年から2000年までじん肺患者3,025人の入院日数を調べた.じん肺患者の平均入院日数は1975年には647.8日,1990年には270.0日,2000年には63.0日と短縮化を示していた.じん肺患者の平均死亡年齢が高齢化する一方で,入院日数はさらに短縮化することが示唆された.
(日職災医誌,49:576─580,2001)
─キーワード─
珪肺,じん肺,入院日数
UP

定位放射線照射患者の社会復帰に関する検討

中川  実1),佐々原 渉1),寺井 義徳1),吉野 公博1)
藤本俊一郎1),安原 隆雄2),武本 充広3)
1)香川労災病院脳神経外科,2)岡山大学医学部脳神経外科,3)岡山大学医学部放射線科

(平成13年5月21日受付)

目的:近年,労働者をとりまく環境は厳しさを増し,仕事の内容によっては,治療による長期入院が困難な場合もある.また悪性腫瘍の場合,残された生活を有意義に過ごすため,可能な限り治療による仕事の中断を少なくして,仕事を続けたいという患者も少なくない.近年,ガンマナイフやXナイフが開発され,症例によっては短期間の入院で治療が可能となった.今回,我々は定位放射線照射患者の社会復帰について検討したので,報告する.
対象・方法:平成10年2月から平成12年5月までに当院にて治療を行った73例で,男性44例,女性29例.年齢は12~88歳で,原発性脳腫瘍32例,転移性脳腫瘍29例,脳血管障害8例,頭頸部腫瘍4例である.定位手術的照射が47例,定位放射線治療が19例,両者併用が7例で,照射日数は定位手術的照射では1日,定位放射線治療では2~10日間を要した.
結果:照射期間中,腫瘍内出血をきたした1例を除いて,治療前後でADLが低下した症例はなく,他の治療と併用した症例以外は治療後速やかに退院が可能であった.
結論:定位放射線照射は短期間に治療可能であり,治療によるADLの低下は稀で,治療後速やかに社会復帰が可能であった.
(日職災医誌,49:581─584,2001)
─キーワード─
radiosurgery,副作用,社会復帰
UP

理学療法士における職業性傷害の性差

笠原 敏史,宮本 顕二,斎藤 展士、
川村奈都恵,福田  修
北海道大学医療技術短期大学部理学療法学科

(平成13年6月8日受付)


目的:理学療法士の過去2年間の職業性筋骨格傷害の有病率や性差を調査した.
対象と方法:1998年の日本理学療法士協会に登録されている理学療法士から無作為に描出した1,000人にアンケートを送った.回収率は68%であった.
結果:理学療法士のうち42%が傷害を受けたと回答した.女性の理学療法士は,男性より高い頻度であった(女性49%,男性38%,p<0.05).その差は,若い理学療法士と臨床経験年数8年以下で顕著であった.男女とも最も高かった傷害は,腰部であった.一方,女性は,その傷害の結果として男性よりも高い頻度で職業内容を変更していた.
結論:理学療法士の職業性傷害は高頻度であり,受傷率とその対応に性差がある.理学療法士,特に女性の理学療法士の受傷率を低下させるために,就労後早期からの自己管理が必要である.
(日職災医誌,49:585─589,2001)
─キーワード─
性差,理学療法士,職業性傷害
UP

建築関連作業従事者の冬期の自覚症状と防寒対策

黒川 淳一, 井奈波良一**,井上 眞人**
岩田 弘敏***,松岡 敏男
岐阜大学医学部スポーツ医・科学講座,岐阜大学医学部衛生学講座**,岐阜産業保健推進センター***

(平成13年6月14日受付)


 冬期の建築関連作業現場における作業の快適化をはかるための研究の一環として,A病院建築関連作業従事者を対象に,冬期の自覚症状と防寒具着用状況等について,無記名自記式アンケート調査を行った.
 回答を得られたのは男性作業員76名であり,対象者の平均年齢は41.1±12.6歳(最小17歳,最高66歳)であった.
 作業環境の推定には,岐阜地方気象台における観測結果(2000年12月~2001年2月)を利用した.月平均気温は3.4~6.9℃であり,また,風冷指数は602.51~723.13kcal/m2/hとなり,「非常に涼しい」~「寒い」場所と推定された.
 調査した自覚症状については,40歳以上のグループ(38名)における肩~腕~手指にかけての症状出現頻度が39歳以下より有意に高かった.また,自覚症状に関連する要因として,四肢末梢の症状の出現と手袋・防寒靴の非着用が有意に関連していた.従って,四肢末梢部の寒冷暴露が,自覚症状出現に際しての影響を表現する適切な指標となっており,その保温は自覚症状軽減に重要である.ただし,防寒具の着用によって,巧緻性等の低下が作業能率や安全性の低下を招く事も予想されるため,今後,機能性の面も考慮されるべきである.
 防寒服の着用率は全体の54.1%にまでのぼったが,発汗過多は防寒服の着用に有意に関連していた.また,汗を拭く事や,下着の交換によって防寒対策を行う者は1名しかおらず,防寒服の着用のみでなく,衣服と体表面における熱伝導や熱交換の見地からも防寒指導が必要である.
 睡眠時間と症状出現に関連を示す項目があり,健康管理の面からも就業前の健康チェックが重要と考えた.
(日職災医誌,49:590─596,2001)
─キーワード─
建築作業,自覚症状,防寒対策
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症  例
在宅リハビリテーションにおける患者家族の役割の重要性を実感した1例

峯松  亮1),吉村  理2)
1)老人保健施設「平和の園」,2)広島大学医学部保健学科教授

(平成13年7月11日受付)

 高齢化社会が進む中,病院,施設だけにとどまらず,在宅での療養が増加している.それに伴い,地域(訪問)リハビリテーション(以下リハ)の必要性は高まっている.在宅療養は患者にとって家族とともに過ごせ,自由に生活できるメリットがある反面,依存心が高くなり,家族の介護負担が増えることも見られる.在宅においてADLを維持し,家族の介護負担を軽減することは重要である.
 今回,左片麻痺を有する71歳男性の在宅リハを行う機会を得た.その際,介護者(配偶者)のリハに対する理解と協力が,患者のADL向上に多大な貢献を果たすことができた.リハ開始時の患者のADLはFIMで40点であり,自立したADL動作はなかった.しかし,10カ月にわたり,段階的にADL訓練を施行していき,非訪問日は介護者にリハプログラム(内容)を指導し,介護者自身に行ってもらうことにした.その結果,10カ月後にはADLはFIMで102点に達し,下着の脱着の軽度介助,階段昇降の支持自立以外は完全に自立レベルに達した.
 在宅リハにおいて患者家族の役割の重要性を実感した一例であった.
(日職災医誌,49:597─599,2001)
─キーワード─
在宅リハビリテーション,ADL,家族指導
UP

エアバッグによる顔面外傷の3例

米川  力,中永士師明
秋田大学医学部附属病院救急部・集中治療部

(平成13年4月25日受付)


エアバッグによる下顎骨骨折,角膜損傷,結膜下出血を来した3例を報告する.症例1:45歳,男性,慢性腎不全にてCAPD管理中.乗車用運転中交差点内で右折車に衝突し受傷.各種画像検査にて右下顎骨骨折,右第5肋骨骨折,肺挫傷,腹腔内出血を認めた.下顎骨内固定術を行い,経過良好であった.症例2:45歳,女性.乗用車運転中コーナーミラーに衝突し受傷.左眼の霧視感を訴え,眼科的検査にて左眼角膜にエアバッグによる上皮損傷を認めた.保存的に治療を行い軽快した.症例3:49歳,女性.乗用車運転中,電柱に衝突し,左眼結膜下出血を受傷した.保存的に治療を行い治癒した.エアバッグの普及により致死的な事故は減少してきたが,その反面エアバッグそのものの作動による外傷が引き起こされることがある.交通外傷時には主要臓器損傷だけではなく,エアバッグによる顔面外傷も念頭においた対応が必要と考えられた.
(日職災医誌,49:600─603,2001)
─キーワード─
エアバッグ,下顎骨骨折,眼外傷
UP

中頭蓋窩クモ膜嚢胞に合併した硬膜下水腫の1例

片山 伸二,足立 吉陽,廣常 信之,難波 真平
岡山労災病院脳神経外科

(平成13年6月7日受付)


今回われわれは,外傷を契機に中頭蓋窩クモ膜嚢胞壁が破綻し硬膜下水腫を併発したと考えられる1例を経験したので報告する.症例は23歳男性.激しい頭痛,嘔気と飛蚊症を主訴とし,頭部MRIにて左中頭蓋窩クモ膜嚢胞と同側の硬膜下水腫およびmid-line shiftの所見が認められた.眼底所見として両側のうっ血乳頭が認められた.治療として先ず,水腫のドレナージ術を試みたが,画像所見,臨床症状とも改善に至らなかった.次いで,硬膜下水腫─腹腔髄液短絡術(シャント術)を行うことにより,画像所見および臨床症状の改善が得られた.クモ膜嚢胞壁の破綻に起因する硬膜下水腫に対する治療としてはシャント術が有用と思われた.
(日職災医誌,49:604─606,2001)
─キーワード─
クモ膜嚢胞,硬膜下水腫,硬膜下水腫─腹腔髄液短絡術
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