「勤労者医療」の登場が意味するもの
勤労者医療という概念の登場は、①勤労者の健康をめぐる環境の変化は、もはや、「労働災害」、「職業病」という概念のみでは捉え切れない、不十分であるという時代認識を意味し、②職業生活を守るという目的に照らせば、おのずと、予防重視の方向性が内包されていることを意味します。
「作業関連疾患」という考え方
「勤労者医療」の理解を助ける考え方として、「作業関連疾患」があります。
これはWHOで提唱されたもので、1982年のWHO専門委員会報告では「疾病の発症、増悪に関与する数多くの要因の一つとして、作業(作用態様、作業環境、作業条件など)に関連した要因が考えられる疾患の総称」と定義されています。
その類型としては、大きく次の三つに分けられています。
① |
発症の主な要因が一つであり、その要因が作業過程で労働者に作用して発症した疾患
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② |
発症の主な原因が複数あり、作業とは関係のない要因でも発症することがある疾患ではあるが、作業条件中の要因が関与して発症した疾患
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③ |
作業とはまったく無関係に発症した疾患ではあるが、増悪要因の一つとして、作業に伴う何らかの要因が関与した疾患すべて
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①に当たるものは、いわゆる職業病です。
②と③の類型の具体例としては、高血圧症・虚血性心疾患などの心血管疾患、慢性気管支炎・肺気腫・気管支喘息などの慢性非特異性呼吸器疾患、腰痛症・頚肩腕症候群・骨関節症などの筋骨格系疾患、感染症、悪性腫瘍、胃・十二指腸潰瘍などがあります。
この「作業関連疾患」という考え方は、現在の勤労者の健康問題を把握するのにふさわしいものだと思います。定期健康診断の有所見率が50%に達しようとしており、労災保険の適用範囲が予防的分野にまで拡大されることとなった現在にあっては、「労働災害」や「職業病」という概念では、勤労者の健康問題を捉えるには狭すぎます。その意味で、「勤労者医療」は「作業関連疾患」を対象としている、と言うことができます。
「勤労者医療」にとって大切なこと
イタリアのラマッツィーニ(Bernardino Ramazzini)はその著書「働く人々の病気」の序文でこう述べています。
「病人のそばにいるときには、病人の具合はどうか、原因は何か、いつからか、通じはどうか、どんな食物を食べているか、を聞かなければならない」とヒッポクラテスはその『疾病論』という本の中で述べているが、この質問にもう一つ、すなわち「職業は何か」という質問を私は付け加えたい。それは主な原因と関係あるのではないが、庶民を治療する医師にとって、適切であるというよりも必要な質問であると、私は考えている。
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このように患者さんの背後に職業的な要素を見ていく姿勢こそ、「勤労者医療」の基本的なあり方だと考えています。
独立行政法人への移行と勤労者医療
独立行政法人への移行に当たって、労災病院には、勤労者医療の実践にとどまらず、今まで培った豊富な知見や臨床研究(労災疾病13分野)などの医療資源を活用して、地域の医療機関や産業医を支援していく、つまり、勤労者医療の中核的役割を果たすことが求められています。
勤労者医療のこれから -人口減少化の勤労者医療-
わが国は、少子高齢化という問題を抱えつつ、本格的な人口の減少の時代に入っています。勤労者の就業率を高めるための政策が功を奏さなければ、2015年までに、労働力人口が410万人も減少するとの試算もあり、経済社会の停滞はもとより、社会保障制度の持続性を揺るがす大問題となっています。
勤労者一人一人が、生き生きと健康で社会を支える側に回らなければなりません。それを支える基盤は、予防を重視し、不幸にして病気になったとしても、可能な限り、職業生活を継続させ、放棄させない治療体系の研究・開発など勤労者医療の一層の充実であると考えています。